29 デートだったの!?
……確かに、アルパカは温暖な気候の場所にしか生息していないと聞いたことがあるし、ここよりもずっと寒い《白夜の国》にはいないのかもしれない。
「えっとですね。まず見た目は首の長い羊に近いのですが――」
私は身振り手振りを交えて、アルパカについてレクチャーした。
いくら相手は恐ろしい皇帝陛下といえど、アルパカの素晴らしさを語る機会に手を抜くわけにはいきませんからね!
「やはり特筆すべきなのはもふもふですね! ぎゅってするととにかくふかふかで! 思わずほおずりしたくなってしまうんです!」
熱の入ったアルパトークを、フレゼリク陛下は興味深そうに耳を傾けている。
「……なるほど。是非一度、その『アルパカ』なる生き物にお目にかかりたいものです。ですが……」
彼はそこで言葉を止めると、少しだけ悲しそうに目を伏せた。
「暖かい場所でしか生きられないのなら、アルパカが我が国で暮らすのは難しそうですね」
そう告げた彼の声は、どこか悲しい色を帯びていた。
その声を聴いていると、なんだか私まで切ない気分になってしまう。
だからだろうか。気が付けば私は、彼に声をかけていたのだ。
「でしたら……是非アルパカに会いに我が国へいらしてください!」
その言葉に、フレゼリク陛下はきょとん、と目を丸くする。
それはそうですよね。かつて誘拐しようとした対象からこんなことを言われたら、驚きますよね……!
「えっと……侵略とか、その、誘拐とか……そういう過激な行為は控えてほしいのですが、そうでなければ全然来ていただいて構いません。自信をもってアルパカをお披露目します!」
もはや自分でも何を言っているのかわからないまま、私は続けた。
「『アルパカダービー』というアルパカによるレースを定期行事にしようと考えているんです。どの子が一着になるか予想するのが楽しいんですよ……!」
必死にべらべらとまくし立てる私を、フレゼリク陛下は不思議そうな目で眺めている。
……まずい。どう考えても今はこんな話をするときじゃないだろう。
なんかこう……国同士の話とか、人間と竜や妖精の行く末とか、そういう話をする場面ですよね!?
そう考え、私は焦ったが――。
「それは面白い! 是非そのアルパカたちにお目にかかりたいものです!」
フレゼリク陛下は弾んだ声を上げ、にっこりと笑ったのだ。
……あれ、意外と好評なのかな?
「……きっとあなたの傍は、毎日面白い出来事が絶えないのでしょうね」
フレゼリク陛下は目を細めて、感慨深そうにそう呟いた。
「いえ、別にそんなこともないと思いますが……」
皆で畑の世話をして、ペコリーナとお散歩して、ダンフォース卿とお菓子を作って、王子と一緒にお茶会をして、たまに胃を痛めながら社交に参加して……。
私は今の生活が気に入っているけど、フレゼリク陛下からすれば退屈な日々だと感じるかもしれない。
そんなことを考えていると、彼は静かに椅子を引いて立ち上がった。
「お付き合いいただきありがとうございます、アデリーナさん。大変有意義な時間でした」
あれ、解放してくれるのかな?
別に重要な話をしたわけではないし、いったい彼は何がしたかったのだろう……。
密かに困惑する私に、彼はにっこりと笑ってとんでもないことを言い出した。
「とても楽しいデートでしたね。次も楽しみにしています」
「へ!?」
彼は戸惑う私の手を取り、軽く甲に唇を落とす。
かと思うと、くるりとこちらに背を向け、人ごみに消えていった。
残されたのは、真っ赤な顔で混乱する私一人。
……今のって、フレゼリク陛下からすればデートだったの!?
国の長としての話ではなく、個人同士のとりとめのない話ばかりしていたのもデートだから!?
それに「次」ってなに!?
なんでまた私とデートする前提なんですか!?
「本当に、恐ろしい人……」
彼のことが、わかったようでわからない。
どこまでも掴みどころのない御方だ。
それにしても……思い返せば「デート」なんてしたのは(今のがデートといえるのかは微妙だけど)初めてかもしれない。
恋人も婚約者もいないままに、成り行きで王子と結婚してしまいましたからね……。
「……はぁ」
なんだかまた、ぐるぐると考え込んでしまいそうになる。
気分を切り替えるように、私も立ち上がった。
とにかく今は、「ヘンゼルとグレーテル作戦」が無事に進むように頑張らないと!