24 お菓子の家
「私ね、ずっと妖精の血筋だとか、自分に魔法の力が宿っているとか知らずに生きてきたの。だから、初めて『悪い魔女』だって糾弾されたときは怖かった。でも――」
今でも、はっきりと思い出せる。
あの日、あの瞬間があったからこそ……今、私はここにいる。
「アレクシス王子はね、『魔女でも関係ない』って私のことを受け入れてくれた。それが……たまらなく嬉しかったの」
今でも、魔女をよく思わない国は多い。
妃が魔女だなんて知られたら、不利益になることも多いはずなのに。
それでも……王子は私をたった一人の妃にしてくれた。
きっとそれが……今の私の原点なんだ。
「だから、私もそうしたいと思った。妖精も魔女も竜も……人と違う存在も、受け入れられるような場所を作りたいと思ったの」
あの日、王子が私を受け入れてくれたように。
私も、悲しむ人を一人でも減らしたいと思った。
それが、私の夢のはじまり。
ルーはじっと黙って、私の言葉に耳を傾けているようだった。
だが不意に彼はぷい、とそっぽを向いてしまった。
「……ご立派な理想論だけど、現実はそんなに甘くない。人と人ならざる存在が離れて暮らしているのは、うまくいかなかった歴史があるからだ。無理やりまた一緒に暮らそうとしても、悲劇を繰り返すだけだと思うけどね」
ルーが再びこちらを向く。
「……ねぇ、君は『ヘンゼルとグレーテル』の話を知ってる?」
急にそう問いかけられ、慌てて頭を巡らせる。
「ヘンゼルとグレーテル」……残念ながら、思い当たる節はないですね……。
「いえ……知らないわ」
「じゃあ教えてあげるよ。滑稽なおとぎ話だ」
ルーの口元がにやりと弧を描く。
いつもの彼らしい表情に、私は不覚にも安堵してしまった。
「昔々あるところに……ヘンゼルとグレーテルという兄妹が暮らしていた。あっ、人間の兄妹ね。残念ながら二人の家は貧しく、ある日口減らしに森へと捨てられた」
「え……」
いきなりハードな展開になり、私は思わず声を上げてしまった。
口減らしに捨てられるなんて、ひどい……。
「賢い妹は森の奥に連れていかれても家に帰れるようにと、道中にパンくずを落としていた。二人はそれを目印に帰ろうとしたけど……途中でパンくずは消えていた。森の鳥たちが、ついばんでしまったんだよ」
「それで、二人は……」
「飢えと戦いながら何日も森をさまよった。そうしているうちに、二人は運よく『お菓子の家』を見つけたんだ」
「え、お菓子の家!?」
「うん。飴やケーキ、クッキーやチョコレートで作られたお菓子の家だ」
わぁ、すごい……。
そういえばクリスマスに定番の「ヘクセンハウス」もお菓子の家だよね。
前のクリスマスに離宮の皆で作った時は楽しかったな……。
もしかしたら、あのお菓子の家もこのお話から来ているのかもしれない。
「ヘンゼルとグレーテルは嬉しくなってお菓子の家にかぶりついた。すると、中からお菓子の家の住人が現れた」
ルーはまっすぐに私を見つめ、感情の読めない声で告げる。
「住人は、魔女だった」
その言葉を聞いた途端、心臓がどくりと大きく音を立てた。
……油断していた。おとぎ話に魔女はつきものだって、少し考えればわかったのに。
……そう、おとぎ話に出てくるのは、いつも「悪い魔女」なんだ。
「魔女は優しくヘンゼルとグレーテルを迎え入れた。だが、二人が油断すると豹変して本性を現した。……その家に住んでいたのは、人を食べる悪い魔女だったんだ」
ルーが意地悪くにやりと笑う。
まるで、この後に起こる悲劇を予感させるように。