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23 どうしてそんなに頑張るの

「文献を調べた結果、真偽は不明ですが竜の特徴が確認できました。どうも視覚よりも嗅覚の方が発達しているようで――」


 そう資料を基に説明してくれたのはコンラートさんで、


「過去に似たような被害が起こっていないかを確認し、いくつか類似事件を発見しました。それらが地竜の仕業だと仮定すると、一般的にイメージされる竜とは違い地竜は肉食に限定されるわけではないようですね。畑の農作物を荒らしたように、むしろ雑食のようです」


 そう教えてくれたのはダンフォース卿。

 私が期待した通りに、二人はきちんと竜の生態を調べてくれた。

 でも、逆に言えばちゃんとした成果があったのはその二人くらいで……。


「見ろ、アデリーナ。《芳醇の国》特産品の酒をしこたま買い込んできたぞ! これを竜に飲ませてふらふらにしてやるといい!」

「うーん、素直に飲んでくれるでしょうか……」


 ディアーネさんはドヤ顔で、これでもかというほどの酒瓶を見せてくれた。

 たぶんこれ、自分が飲みたいから買ってきたな……。


「大丈夫ですよ、アデリーナ様。ほら、お菓子もたくさん買ってきましたから!」

「……ありがとう、ロビン」


 何が大丈夫なのかはまったくわからないけど、ロビンが頑張ってくれたのだからその働きにはお礼を言わなくては。

 さっそくお菓子を食べ始めたディアーネさんとロビンとマンドラゴラちゃんを尻目に、私はコンラートさんとダンフォース卿に声をかける。


「竜が雑食……ということを考えると、そのうち農作物から家畜へと被害が拡大する可能性もあるのかしら」

「……えぇ、それは十分に考えられると思います。最悪、家畜だけでなく――」


 コンラートさんが飲み込んだ言葉の続きは、言わずともわかった。

 今の地竜は、ほとんど微睡まどろんでいるような状態で……悪く言えば、理性が効かなくなっている。

 今は農作物だけの被害で済んでいるけど、いずれ家畜や……人に襲い掛かる可能性だって十分にあるのだ。


「とにかく、急がなければ。調査を続けてもらえるかしら」

「承知いたしました」

「……妃殿下は、少し休まれた方が――」


 私を気遣うようにそう口にしたダンフォース卿に、私は静かに首を横に振った。


「いえ、私も調査を続けるわ。今はとにかく、一刻を争うときだから」


 もしかしたら彼は、私がこっそり泣いたのに気づいたのかもしれない。

 でも、ここで立ち止まりたくはない。

 一度立ち止まってしまったら……もう二度と、歩き出せないような気がするから。



 ◇◇◇



 皆の協力のおかげで、少しずつ地竜の生態がわかってきた。

 とはいっても……依然として、どうやってあの巨体を元の棲家である山奥に戻すかについてはいい案が思いつかない状況だ。

 あれだけ大きな体を、無理やり引っ張るのは現実的じゃない。 

 となると、地竜に自主的に動いてもらう必要があるけど……どうすれば動いてもらえるのかもわからない。

 うーん、袋小路に迷い込んだ気分……。

 書庫の机の上に文献とメモを広げてうんうんと唸っていると、不意にとん、と何かが机の上に降り立った気配を感じた。

 驚いて顔を上げると、そこにいたのは――。


「ルー!」


 驚くほど不遜な態度で、妖精族の少年――ルーがこちらを見下ろしていたのだ。


「久しぶり。その顔だとあまりうまくはいってなさそうだね」

「う……」


 図星をつかれて、私は思わず視線をそらしてしまった。

 悔しいけど、うまくいっていないのは事実だ。


「ルー、机の上に立つなんて行儀が悪いわ」

「ほら、そうやって話を逸らす。……で、どうするの? リタイアする?」

「……しないわ」


 まだ、諦めるのは早すぎる。

 何か、策はあるはずだ。……思いつかないけど。

 私の表情を見て、ルーはなんとなく今の状況を悟ったのだろう。

 机の端に腰を下ろし、にやにやしながら足をぶらぶらと遊ばせている。


「でも、まだ地竜を救う案を思いついてはいない感じだね」

「……そうだけど、でもきっと何かいい方法が――」

「そんな悠長なことを言っている間に、あの男がしびれを切らして地竜のことを討伐するんじゃないかな」


 ルーの言葉に、私は思わず息をのんだ。

 彼が口にしているのは、間違いなくフレゼリク陛下のことだろう。

 彼は「もう少しだけ」待ってくれると言っていた。

 だが、猶予はそんなに長くはないだろう。

 地竜が人に手を出そうとした時点で、彼は討伐へと動くはずだ。

 ……残された時間は、少ない。

 そうわかっているのに、地竜を救う手立てを思いつくことができない。

 私は、なんて無力なんだろう……。

 俯いて悔しさをかみしめる私に、ルーが憐れむような視線を投げかけてくる。

 やがて、彼はそっと口を開いた。


「……ねぇ、君はどうしてそんなに頑張るの」


 意外にも、その言葉には煽りや嘲笑の響きは含まれていなかった。

 純粋な疑問――それが一番近いだろうか。

 顔を上げると、ルーはいつになく真剣な表情でこちらを見つめている。


「君は人間の国のお妃様なんでしょ。わざわざ『こちら』の住人のために頑張らなくても、好きなように生きていけるじゃないか。あの王子様とも拗れてるみたいだし、大切な人と喧嘩してまで頑張ること?」


 ……ルーのいうことは、ある意味正しいのかもしれない。

 私はただでさえいろいろと足りていないお妃様なのだから、こんな面倒なことは放り出して「王太子妃」の役割に専念した方がいいんじゃないかと思うことがある。

 でも――。


「……嬉しかったの」


 そう呟くと、ルーはぱちくりと目を瞬かせる。

 そんなルーに、私は微笑みながら続ける。

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