22 仄暗い独占欲
懇親パーティーは大きなトラブルもなく進んでいる。
初めて顔を合わせる者ばかりで、俺にとっても学びが多い場となったのは幸いだ。
アデリーナの立場を、意志を、夢を守るためにも、俺だって気を抜くわけにはいかない。
……なんて、少し熱が入りすぎていたのかもしれない。
「王子、大変です……!」
会話が終わったのを見計らって、ゴードンが慌てたように声をかけてきた。
「なんだ、どうした」
「少し前からフレゼリク帝の姿が消えてます」
「なにっ!?」
慌てて会場内に視線を走らせる。
確かに、どこを見回しても彼の姿はなかった。
あの長身とプラチナブロンドの髪は目立つ。
見当たらないということは……会場を出たのだろう。
「まさか、妃殿下のところに……」
ゴードンがそう口にした途端、先ほどのフレゼリク帝の様子を思い出し、背筋を嫌な汗が伝った。
コンラートにはフレゼリク帝がこの懇親パーティーに出席するということを伝えてある。
だが逆に、そのせいでアデリーナへの警護体制が緩んでいる可能性もある。
「まずいな……」
そっと周囲を見回す。
パーティーも終わりに近づき、酒が入ったのか周囲の者たちは陽気に笑っている。
少し姿を消したところで、問題になることはないだろう。
「……行くぞ」
人々の間を縫うようにして、さりげなく会場を後にする。
最愛の妃に、どうか無事でいてくれと願いながら。
幸いにも、すぐにアデリーナの姿を見つけることができた。
だが、予期した通り彼女の傍にはあの男の姿が。
「……何をしている」
怒りを抑えそう声をかけると、二人がこちらを振り返る。
「アレクシス王子……」
怯えたような、助けを求めるようなアデリーナの表情を見た途端、体の芯から怒りが湧き上がってくる。
その感情のままに口を開き……喉まで出かかった言葉を、俺は慌てて飲み込んだ。
……今、俺は何を言おうとした?
俺はアデリーナを守るためにここに来たのに、今口から出かかったのは、彼女を傷つけ、怯えさせるような怒声ではなかったか?
怒り、嫉妬、憎悪……そんな感情がごちゃ混ぜになって、心がうまくコントロールできない。
今、感情のままに言葉を発してしまえば、アデリーナを傷つけないという自信がない。
すっと目を細めると、アデリーナは怯えたようにびくりと身をすくませる。
その哀れな態度にすら、感情がささくれだって仕方がない。
……怖いのか? 俺が? そこの男ではなく?
少しでも油断をすればそんな、彼女を糾弾するような言葉が飛び出てしまうかもしれない。
できる限り気を落ち着け、細心の注意を払って口を開く。
「……ここで何をしている」
感情を押し殺したその声は、ひどく冷たい響きをしていた。
アデリーナの顔を見てしまえばまた感情がかき乱されてしまう。
あえてアデリーナから視線を外し、怒りを耐えながらフレゼリク帝へ声をかける。
「フレゼリク帝、うちの侍女が何か非礼を――」
「いえ、面白い話を聞かせていただきました。……アデリーナさんは本当に興味深い御方ですね」
「……それは、何よりだ」
俺の隙をつくように、アデリーナへ近づいたこの男を許せない。
俺が来る前に彼がアデリーナに何をしたのか、何を言ったのかを考えるだけではらわたが煮えくり返りそうになる。
だが今は一刻も早く、アデリーナを逃がしてやらなければ。
強張った表情のアデリーナへ近づき、あえて「王子と侍女」という距離感を意識しながら声をかける。
「お前は早く持ち場へ戻れ。今回はフレゼリク帝の寛大な言葉に免じて不問とするが、勝手な行動は慎め」
「…………はい」
「自分の立場を自覚し、出過ぎた真似は控えろ。いいな」
「承知、いたしました」
そう言ってアデリーナは深く頭を下げた。
……気づかない、わけがない。
頭を下げる直前の彼女が、今にも泣きだしそうな顔をしていたことくらい。
そんなアデリーナを見ていられなくて、フレゼリク帝の方へ視線を移す。
「皆があなたを探していた。会場に戻った方がいい」
「おやおや、アレクシス王子殿下に使い走りをさせてしまうなんて、大変申し訳ございません。……重ねて申し上げますが、アデリーナさんとは仲良くお話をさせていただいただけなので、あまり彼女を咎めるのはよしてください」
しらじらしい態度のフレゼリク帝に、ますます苛立ちが募っていく。
俺はアデリーナを守るために苦渋の思いで距離を取っているのに、なぜこの男は気やすく話しかけることができるのか。
そう考えただけで、怒りに感情が支配されそうになってしまう。
「……お戯れを。侍女には侍女の立場というものがあります」
なんとか平静を装いそう口にしたが、フレゼリク帝はいけしゃあしゃあと俺を挑発した。
「いえ、本気ですよ」
唖然とする俺を置いて、フレゼリク帝は馴れ馴れしくアデリーナに声をかけていた。
「私はあなたが気に入りました、アデリーナさん。皇帝付き侍女の座ならいつでも空いておりますので、転職をお考えの際は是非こちらに」
「っ……!」
手のひらが傷つくほどに強く、こぶしを握り締める。
そうしなければ、今にでも怒りに駆られて目の前の男に掴みかかっていたかもしれない。
アデリーナを、俺の最愛の妃を奪われてしまう。
そんな焦燥が胸を焦がし、感情が搔き乱される。
……アデリーナが頭を下げたままでよかった。
きっと今の俺は、彼女には見せられないくらいにひどい顔をしていただろう。
……今は耐えろ。ここで俺が先に手を出せば、相手の思う壺だ。
何度も何度もそう言い聞かせ、踏み出しかけた足をとどめる。
「……フレゼリク帝」
「おっとすみません。会場へ戻りましょうか」
さすがにこれ以上粘っても無駄だと悟ったのか、フレゼリク帝はやっとこの場を後にする気になったようだ。
とにかくこの男とアデリーナを引き離さなければと、フレゼリク帝を追いやるようにバルコニーを出る。
……アデリーナの方は振り返れなかった。
彼女の姿を見てしまえば、きっと決意が揺らいでしまう。
アデリーナの夢を叶えるために、俺は自分のできることをし、彼女を支えると決めた。
だがそれは、こんなに苦しまなければならないことなのだろうか。
途方もない夢など諦めろと告げ、彼女を閉じ込め、何も考えられないくらいどろどろに愛してしまえば……そんな、仄暗い独占欲が湧き上がってくる。
……案外、俺もフレゼリク帝と同じなのかもしれない。