24 お妃様、決意を固める
アレクシス王子とプリシラ王女の仲は、順調に進展しているようだ。
どちらかと言うと引きこもり傾向にある私の耳にも、二人の仲睦まじい様子が入って来るほどなのだから。
「今日もお二人で視察に行かれたとか……」
「あの王女、アレクシス王子にくっつきすぎだと前から思ってたんですよ!」
「お妃様を差し置いて……絶対に許せません!」
未だに私を「王子が運命的に出会った妃」だと思っている離宮の侍女たちは、そんな王女に怒り心頭。
私の為に怒ってくれたんだよね……と思うと、駄目だ。ついにやけてしまう。
まぁまぁと彼女たちを宥めながら、私は内心ほっとしていた。
運命的に出会ったエラにフラれたことで、王子はきっと心に深い傷を負ったはずだ。
それでも、彼は前に進もうとしている。
私と結婚した当初は明らかに暗い影を背負っていた王子も、ここ最近は生来の輝きを取り戻しつつあるのだから。
……もしかしたら、アレクシス王子の失恋の痛みを癒してくださったのが、かのプリシラ王女なのかもしれない。
あぁ、不肖な妹の尻拭いをありがとうございます……と感傷に浸ってると、何故かプリシラ王女と愛をはぐくんでいるはずの王子がやって来たではないですか。
「……エカテリーナ、変わりはないか?」
えぇ、何も変わりませんとも。
王子が私の名前をきちんと認識していないのもいつも通りです。
変わったのは、あなたの方ですよね?
……今日の今日こそは、プリシラ王女との恋愛成就報告が聞けるかもしれない。
そう思うといつになくドキドキしてしまって、私は手に汗を握りながら王子の話を聞いていた。
でも、何故か王子が話すのは全然関係のない世間話ばかり。
「あいからわず君の作る菓子は美味いな」
「お口に合ったのなら幸いです」
王子は上機嫌で、私の焼いたハニーマフィン(紅茶風味)を召し上がっていらっしゃる。
……こうして王子にお菓子を振舞うのも、これが最後になるのかもしれない。
私に宮廷付きの料理人やパティシエになれるほどの腕前はないし、いくら白い結婚と言っても、前王太子妃が周りをうろうろしていたらプリシラ王女も気を悪くするだろう。
だから、こうして王子に会えるのも、あと少し……。
「……浮かない顔をしているな。何かあったのか」
気が付けば、王子が心配そうにこちらを見ていた。
慌てて表情を取り繕うけど、それが逆に不審がられてしまう。
「どんなことでもいい。俺に話してくれないか?」
……言える、わけがない。
だって、元々私は体裁を取り繕うためのかりそめの妃でしかないのだ。
王太子妃という身分も、この離宮での生活も、本来なら私みたいな凡人が手にするには過ぎたもの。
だから……ここを去るのが寂しいだなんて、絶対に言ってはいけない。
王子が失恋を乗り越えて本当に愛する人を見つけたのなら、笑顔で祝福してさしあげなければ。
そのくらいしか、私にできることなんてないのだから。
……なんて思いを込めて、緊張しながらも口を開く。
王子が話しやすいように、少しだけ核心に近づく話を。
「王子殿下、現在こちらに滞在されているプリシラ王女のことですが……」
その名前を口にすると、どこか遠慮がちだった王子が驚いたように目を見開く。
……やっぱり、噂は本当だったんだ。
「……彼女が何か?」
「いえ、プリシラ王女はとてもお可愛らしい方で……アレクシス王子とも親しくされているとか」
「同盟国の王女だ。無下に扱うわけにもいかない」
別に怒ったり泣いたりして迷惑をかけるつもりは無いのに、王子は頑なにプリシラ王女とのことを話そうとはしない。
私、信用されてないんでしょうか……。
「プリシラ王女が、ここに来たのか?」
「いいえ、歓迎の宴以外の場でお会いしたことはございません」
「そうか……ならいい」
安心したような表情を浮かべる王子に、なんだかもやもやしてしまう。
もしかして、私がプリシラ王女に危害を加えるなんて疑われているのでしょうか。
間違ってもそんなことしないのになぁ……。
結局、王子は私の期待するような話はせずに、今日のお茶会は終わってしまった。
いつものように王子を見送ろうとすると、何故か王子は一歩足を踏み出したのち、私の方へと戻ってくる。
そして、ぎゅっと私の手を握って告げた。
「アンジェリーナ、何か変わったことがあったらすぐに俺に知らせろ」
「は、はい……」
「……心配するな。決して君を傷つけさせはしない」
…………???
よくわからないうちに、王子は今度こそ踵を返して私の前から去っていった。
いったい、今のは何だったんだろう。
どう考えても、その言葉を贈る相手を間違えているとしか思えない。
もしかして、プリシラ王女にプロポーズするための練習?
私の方は心配するなと言われても、特に心配するようなことは何もないのですが……。
「よかったですね、お妃様」
「やっぱりアレクシス王子にはお妃様しかいませんよ!」
「なんていっても、運命的に出会ったお二人ですもの!!」
はしゃぐ侍女たちに、心の中の良心がズキズキと痛みだす。
……やっぱり、私はここにいるべきじゃない。
私は偽りの妃。
アレクシス王子の愛も、優しい笑顔も、こちらを心配するような言葉も、本当ならエラに……そして今は、プリシラ王女に捧げられるはずのものだから。
……大丈夫。きっともうすぐうまくいく。
王子様とお姫様は真実の愛で結ばれ、文句なしのハッピーエンド。
脇役の私は、華麗に表舞台を去ってやろうじゃないか。
――『……心配するな。決して君を傷つけさせはしない』
これ以上は、いけない。
まるで脇役の私が、いつかは彼に愛されるんじゃないかと期待してしまいそうになる。
みっともなく縋り付いてしまう前に、分をわきまえて身を引かなければ。
きゅっと唇を噛みしめ、私は確かにそう決意した。




