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21 籠の鳥

 懇親パーティーの会場でさりげなく周囲を見回すと、すぐにフレゼリク帝の姿を見つけることができた。

 あの長身に輝くようなプラチナブロンドの髪は目立つ。

 気づかれないように視線を向けたつもりだったが、フレゼリク帝はまるで背中に目でもついているかのように俊敏な動きでこちらを振り返った。

 そして、にっこりと笑みを浮かべるとこちらへ近づいてくる。


「これはこれは……熱い視線を感じたと思えばアレクシス王子殿下でしたか」


 偶然ではなくあの視線に気づくとは、感覚が野生の獣並みだ。

 やはり、この男はただものではない。


「いえ、この機会に是非貴殿とも親交を深められたらと思い――」


 とりあえずはあたりさわりのない会話を続ける。

 フレゼリク帝の話はさすがは大国の皇帝の座についているだけあって、非常に興味深かった。

 妖精女王やアデリーナを攫おうとした過去がなければ、案外友好関係を築けたかもしれない。

 ……なんて認識が甘すぎることを、俺はすぐに思い知ることになる。


「あぁ、そういえば……」


 話が一段落したのを見計らうように、フレゼリク帝が話題を切り出す。

 おとなしく聞いていた俺は、次の言葉に思わずむせそうになってしまった。


「昼間、アデリーナさんと一緒に地竜に会いに行きましたよ」

「な……!?」


 懇親パーティーの会場にはあまりにもそぐわない話題に、俺は唖然としてしまった。

 幸いにも誰にも聞かれなかったようだが、もしも「地竜」という単語をこの国の者に聞かれてしまえば……それこそ大パニックが起こりかねない。

 そうなれば、秋の妖精王の課題も……アデリーナがやろうとしていることもめちゃくちゃになってしまう。

 それを、この男がわからないはずがないのに。


「……フレゼリク帝、宴の場であまり物騒な話はどうかと」


 小声で牽制したが、フレゼリク帝は穏やかな笑みを絶やすことはなかった。


「おっと失礼。《白夜の国》では竜の出現など日常茶飯事ですから、つい」


 つい、で許されることではないだろう。

 この男の言葉一つで、アデリーナの優しい心が踏みにじられる可能性だってあったというのに。

 俺の怒りを感じ取ったのか、フレゼリク帝は挑発するようにへらりと笑う。


「アデリーナさんは非常に面白い方ですね。一見おとなしい女性のようで……強い芯を秘めている。実に興味深い」


 どこか陶酔したように、フレゼリク帝が呟く。

 あぁ、そうだろう。

 アデリーナという存在の奥深さは、彼女と直接関わってはじめて実感できる。

 俺もそうだったから、よくわかる。

 魔法や、妖精の力とかじゃない。彼女の真髄は、もっと別の部分なのだ。

 目の前の男も、それに気づいたようだ。

 ……だが、あまりにも遅い。

 彼女は一年も前から俺の妻なのだ。

 今更ちょっかいを出してきたところで、アデリーナが俺の妻であるという事実は揺らがない。

 唯一気を付けなければならないのは……以前のように、無理やりアデリーナを攫いかねないというところか。


「……彼女は、強い意志を持っている」


 だからこそ、アデリーナの想いを捻じ曲げるようなことはやめてほしい。

 彼女には自分のいたいと思う場所で、思うままに生きてほしい。

 ……叶うのならば、それは俺の隣であってほしい。

 時々(というにはいささか頻繁に)独占欲が暴走しそうになってしまうが、俺だってそう思っているのだ。

 だから目の前の男にも、アデリーナの意志を無視して連れ去るような真似はやめろと牽制を入れる。


「美しい鳥は自由に空を舞い、思うままにさえずるからこそ美しい。意に反して籠に閉じ込め連れ去っては、その輝きを曇らせてしまう。……そうは思わないか?」


 自制も込めて、そう問いかける。

 案外目の前の男と俺には、似通った部分があるのかもしれないと思いながら。


「……さぁ、どうでしょう」


 フレゼリク帝は相も変わらず穏やかな笑みを浮かべている。

 だがその瞳に宿るのは……どこか危険な色をした光だった。


「籠から出した美しい鳥はどこかへ飛んで行ってしまうかもしれない。傍からいなくなってしまうくらいなら……たとえどんなにその輝きが曇ったとしても、二度とさえずらなくなったとしても、手元に置いておきたいとは思いませんか?」


 ……思ったことがないと言えば、嘘になる。

 だが、そんな歪んだ愛し方をしたくはない。

 アデリーナには彼女の意志で、俺の傍にいてほしい。

 ……そう願うのは、俺の我儘なのだろうか。


「いや……どこへでも行ける鳥が、自らの意志で留まってくれるからこそ意味があるのだろう」


 アデリーナのことを想いながらそう口にすると、フレゼリク帝は珍しく不満そうに眉根を寄せた。

 そうだろうな。アデリーナが今いるのは奴の傍ではなく、俺の隣なのだから。


「ところで、先ほどのアデリーナさんの話ですが」


 またもや出てきたアデリーナの名前に、自然と背筋を伸ばす。

 皇帝という立場にありながら、表向きは侍女でしかないアデリーナを気にかけているのを隠しもしない。

 その余裕の態度が、少しだけ癇に障った。


「彼女はあなたに仕える侍女でいらっしゃるとか」

「……それが何か」

「ただの侍女ならば……例えば私がアデリーナさんを口説き落とそうとしても、問題はありませんよね?」


 こちらを見据えるフレゼリク帝の金色の瞳には、はっきりとした挑発の光が宿っていた。

 ……これは、宣戦布告とみてよいだろう。

 もちろん、俺だってアデリーナを渡すつもりはない。


「彼女は優秀な侍女だ。貴国に連れていかれては困る」


 あくまで「侍女」という体裁を保ちながらも、俺はそう牽制した。

 そんな俺に、フレゼリク帝は曖昧に笑う。


「……そうですか、それは残念です」


 会釈して去っていくフレゼリク帝の背中を睨みながら、思わずため息が漏れてしまった。

 ……思ったよりもがっつりと、フレゼリク帝はアデリーナに興味を持ち始めてしまったようだ。

 叶うことなら、何もかも放り出して傍で守ってやりたい。

 だが、今の俺がアデリーナに近づけばまた何を言ってしまうかわからない。

 それに……彼女の夢を応援するためにも、「《奇跡の国》の王太子」としての地位は盤石にしておかなければ。

 自身の責務を放り出す者の言葉など、誰も聞きはしない。

 たとえ傍にいられない時間でも、俺が彼女のためにできることがあるはずだ。

 ……今すぐアデリーナの下へ行きたい想いを堪え、そう自身に言い聞かせる。


「あの、《奇跡の国》のアレクシス王太子殿下でいらっしゃいますか?」


 そう話しかけられ、俺は思考を切り替え社交用の笑みを浮かべて振り返った。

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