15 売り言葉に買い言葉
翌日、俺は少し緊張しながら部屋を出た。
……一晩距離を置き、アデリーナの意見は変わっただろうか。
彼女が夢のために必死に頑張る姿は美しく、俺も応援してやりたいとは思っている。
だが……今回ばかりは話が別だ。
いくら秋の妖精王の信を得るためとはいえ、竜に近づくのはあまりに危険だ。
敏い彼女なら、きっとわかってくれるだろう。
だが、実際にアデリーナと顔を合わせた俺の口から出てきたのは――。
「どうだ、頭は冷えたか?」
自分でもどうして、こんな挑発するような言葉を選んでしまったのかわからない。
やってしまったと思ったのは、ショックを受けたようなアデリーナの表情を見てからだ。
慌てて言い直そうと思ったが、その前にアデリーナが口を開く。
「王子こそ、私の話を聞いてくださる準備は整いましたか?」
一瞬で、彼女は表情を取り繕い言い返してきた。
こちらを見据える強気な瞳に、何故かもやもやとした不快な感情が湧き上がってくる。
……彼女が俺の言葉で傷つくと思っていたのはただの思い上がりだ。
それどころか、まったく堪えた様子もない。意見を変えるそぶりも見せない。
……だったら、遠慮する必要はないだろう。
「だから、昨日も言っただろう。こんな無茶苦茶な話はさっさと断るべきだと」
「私はそうは思いません! これは妖精王が私たちに与えた試練。決して、乗り越えるのが不可能だとは思えません。挑戦もせずに逃げ出せば、秋の妖精王に認めていただける機会は二度と訪れなくなります」
「だから、秋の妖精王に認められなかったといって不利益はないと言っただろう」
「そんなのわからないじゃないですか。私たちは秋の妖精王について何も知らないのに……」
「少なくとも、竜の相手を押し付けてくる時点でろくな相手でないのは確かだ。そんな者の話など、まともに聞く必要はない」
「王子……!」
売り言葉に買い言葉で、どんどんと二人の間の溝が深くなっていくのがわかる。
それでも、止まれなかった。
いつもだったら、もっと彼女の心情を考えることができるのに。
その優しい心を傷つけたくないと、言葉を飲み込むことができるのに。
なぜか、今日はうまくいかなかった。
アデリーナの顔を見るだけで、彼女を傷つけるような言葉がぽんぽん出てきてしまう。
案の定、彼女は傷ついたように俯いた。
その表情を見てやっと、冷水を浴びせかけられたかのように頭が冷えた。
慌てて取り繕おうとしたが、遅かった。
「じゃあ、もういいです」
冷ややかな視線をこちらに向け、彼女はそう言い放つ。
「秋の妖精王の課題は私一人でなんとかしますので、王子はどうぞご自由に!」
「アデリーナ!」
くるりと背を向け、アデリーナは去って行ってしまう。
追いかけようとして、足が止まってしまう。
追いかけて、何を言えばいい?
もしまたひどい言葉が出て、これ以上彼女を傷つけてしまったら?
何故だかわからないが、この国に来てから明らかに俺はおかしい。
次にアデリーナと顔を合わせても、彼女を傷つけないという自信がなかった。
「何やってんですか王子! 早く追いかけないと!!」
「そうですよ! 『俺が悪かった……』とかいって抱きしめてくださいよ!!」
コンラートとゴードンがぎゃあぎゃあと騒いでいるが、それでも俺は動けなかった。
自分の感情が自分で制御できない。
……これ以上、アデリーナに嫌われたらと思うと恐ろしくてたまらない。
だが、傷ついたアデリーナを放置したくもない。
「……コンラート」
「はい?」
「お前に命ずる。……現在この国を悩ませている、農地への被害について原因を調査せよ」
そう告げると、コンラートは目を丸くした。
「それって……」
さすがに意味は伝わるだろう。
「アデリーナを頼む」……と。
「っていやいや、そこまで心配しているのならなんで自分で追いかけないんですか!」
「文句は後で聞くから早く行け。追いつけなくなるぞ」
「まったく……帰ってきたらちゃんと妃殿下と話し合ってくださいね!」
ぶつぶつと文句を言いながら、コンラートは駆け足で出て行った。
……コンラートとダンフォースがついていれば、アデリーナが身の危険にさらされる確率も減るだろう。
ほっと安堵の息を吐くと、ゴードンが意味ありげな視線をこちらに向けていることに気づいた。
「……なんだ」
「いや、なんで急にそんなまだるっこしい真似してるのかと思って」
……そんなの、俺が聞きたいくらいだ。
この国に《白夜の国》のフレゼリク帝がいたのは予想外だった。
彼がアデリーナに興味を抱いているのは確実だ。
だからこんなに胸がざわつき、アデリーナにあんな態度を取ってしまうのだろうか。
大きくため息をついた俺に、ゴードンが慌てたように声をかける。
「ほらほら、そんな暗い顔してたら『麗しの王子』の名が泣きますよ!? ここは朝からワインでも飲んでパァーっと――」
「これから会談が控えているのにそんな真似できるか、バカ」
そうだ。俺は俺の仕事をしなければ。
そうわかっていても……どうしても、頭からアデリーナのことが離れなかった。