14 どうしてこんなにうまくいかないのか
「まったく……いきなりどうされたんですか? 妃殿下にあんなことをおっしゃるなんて」
秋の妖精王の課題を受けるかどうかで意見が衝突したアデリーナを置いて部屋に戻った俺に、コンラートが咎めるように声をかけてきた。
「先に挑発してきたのはアデリーナだ。俺は間違っていない」
そう宣言すると、コンラートとゴードンが呆れた目を向けてきた。
……何故そんな目で俺を見る。
秋の妖精王の課題とやらはどう考えても難易度がおかしい。
竜を相手にするなんてあまりに危険すぎる。
どう考えても、秋の妖精王に舐められているとしか思えない。
もしもアデリーナの身に取り返しのつかないようなことが起こったら……と思うと、全身の血が凍り付くような恐怖に襲われる。
思い出されるのは、妖精女王の呪いから人々を守ろうとして、覚めない眠りについたアデリーナの姿だ。
……もう、二度とあんな思いはしたくない。
夢のために前へ進もうとするアデリーナを誇らしく思うのと同時に、俺は彼女を失うことを極度に恐れていた。
何でもかんでも安請け合いするだけが交渉ではないと、俺はよくわかっているつもりだ。
それなのに……アデリーナはのん気に課題を受ける気でいた。
……多少きつく言い含めれば、アデリーナも落ち着くだろう。
一晩頭を冷やせば、考え直してくれるはずだ。
そう自分に言い聞かせても……最後に見たアデリーナの顔が頭から消えない。
――「王子が受けたくないというのなら、王子は辞退してくださって結構です。……夢見がちな妃の夢に付き合って、やってる振りをしていただかなくても結構ですので」
一見怒っているようで……その瞳は悲しげに揺れていた。
その表情を思い出すだけで、心臓が冷えていくような感覚に襲われる。
……俺は間違っていたのだろうか。
秋の妖精王の課題を諦めさせるにしても、もう少し穏便な言い方をした方がよかったのではないだろうか。
「……くそっ!」
自分の不甲斐なさに悪態をつき、立ち上がる。
「おっ、自分から謝りに行くんすか?」
「王子も成長しましたね~」
囃し立てる側近二人を無視して、部屋の外へと続く扉を開ける。
「……アデリーナ、先ほどのことだが――」
俺が言い過ぎた……と口にしかけたところで、俺は固まってしまった。
扉の向こうで待っていたのは、愛する妃ではなく――。
「ぴきゅ?」
テーブルの上に座ったマンドラゴラが、しゃくしゃくとレタスを食べながら不思議そうにこちらを振り返る。
近くにアデリーナの姿は……ない。
「あれぇ、王子。どうしたんですかぁ?」
無言でマンドラゴラと見つめあっていると、近くにいたロビンに声をかけられる。
「……アデリーナは、いないのか?」
「あぁ、ダンフォース卿とディアーネさんと一緒に城内の探検に行きましたよ」
能天気に告げられた言葉に、思わずムカッと来てしまう。
俺は「少し言い過ぎたかもしれない。アデリーナは傷ついていないだろうか……」と気にしていたというのに、当のアデリーナはのん気に探検だと?
…………どうやら、心配する必要はなかったようだ。
俺が一方的に気にしていただけで、アデリーナは傷ついてなどいなかった。
そう考えると先ほどまでの自分が馬鹿みたいで、無性にイライラしてしまう。
「アデリーナさまかなり落ち込んでたっぽいので、ディアーネさんが気を利かせたみたいで……って王子? 聞いてます?」
ロビンは何かわぁわぁと騒いでいたが、とても聞く気分にはなれなかった。
苛立った様子で部屋に戻ると、コンラートとゴードンが「うわ……」とでも言いたげな目を向けてくる。
「……随分と早い御戻りですね。妃殿下とは――」
「知らん。元気にしているようだから心配は無用だ」
「うわー、そんな意地張って……絶対早めに謝った方がいいですって」
「必要ない! アデリーナは、俺の言葉で傷ついたりはしないようだからな」
なんだか自分一人が空回りしているようで、胸の奥からふつふつと怒りが湧いてくる。
今アデリーナと顔を合わせれば、確実に先ほどよりも攻撃性の高い言葉をぶつけてしまうだろう。
……俺だって、アデリーナを傷つけたいわけじゃない。
ただ、秋の妖精王の課題は危険すぎると、無理をしてまで達成しなければならないわけではないとわかってほしいだけだ。
だから……今しばらく、距離を置いた方がいいだろう。
「お二人とも長旅の疲れで気が立っているのかもしれませんが……ほどほどにした方がいいですよ。妃殿下も王子とは別の方向で暴走しやすい御方ですから」
「妃殿下は変なところでマイナス思考っぽいよな。王子もさっきみたいにカッカするんじゃなくて、『君のことが心配なんだ……』とか言ってキスの一つでもぶちかませば何とかなりますって」
けらけらと笑うゴードンに、思わずため息が漏れてしまう。
「……お前の世界は単純で羨ましいくらいだ」
「え、褒めてます?」
「いや、馬鹿にしている。気づけバカ」
真実の愛のキスで何もかもがうまくいく――わけではない。
誰の、どんな願いでも叶う――そんな、世界がおとぎ話のように単純だったら、どれほどよかっただろう。
「ままならないものだな……」
昔の俺は、運命の姫に巡り合いさえすればそれで完全無欠の幸せが手に入ると思っていた。
だが現実は……運命の姫よりももっとずっと素晴らしい女性を妻にすることができたが、めでたしめでたしのハッピーエンドを維持するのがこんなに難しいとは思っていなかった。
俺はアデリーナを愛している。誰よりも、何よりも。
だからこそ彼女に傷ついてほしくはない。危ない目に遭ってほしくもないし、ましてや得体のしれない竜を救いに行くなど言語道断だ。
ただ、それだけなのに……どうしてこんなにうまくいかないのか。




