13 私に任せて
「……今ここでこの竜を討伐すればそれで終わりなのに? それでも面倒な方法をとるのですか?」
「はい。私はこの竜も守りたいんです」
「……なるほど」
フレゼリク陛下が笑みを深める。
そのどこか妖しい表情に、私はごくりと唾をのんだ。
そんな時――。
「えっ?」
どこかから、何か丸いものがころころと転がってきた。
その物体は地竜の足元でぴたりと止まる。
あれは……かぼちゃ?
そう思った次の瞬間、謎のかぼちゃは軽い破裂音を上げながら弾け飛んだ。
「きゃっ!?」
私は驚いて軽い悲鳴を上げてしまった。
だが驚いたのは、私だけじゃなかったらしい。
地竜は驚いたような唸り声をあげ、びくりとその巨体を震わせると、もぐらのように地面へと潜っていく。
なるほど……。昼間は地中にいたから、今まで見つからなかったんですね……。
「アデリーナ! 大丈夫か!?」
「はい、なんとか……」
慌てたように駆け寄ってくるディアーネさんにそう返事をしつつ、フレゼリク陛下の方へ視線を戻す。
彼の立派なお召し物に、かぼちゃの中身が無残に飛び散っている。……これは私も同じですが。
そして足元には、いまだに植物の蔓が絡まって――。
「も、申し訳ございません! 今すぐ外しますね……!」
地竜を守るためとはいえ、《白夜の国》の皇帝陛下にとんでもないことをしてしまった……!
今の私は一介の侍女。正直この場で斬り捨てられてもおかしくはない。
真っ青になりながら、それでもこれ以上植物を傷つけないように丁寧に蔓を外していく。
なんとかフレゼリク陛下の足から蔓を外し終わり、ちらりと上を見上げる。
フレゼリク陛下はばっちりと私を見下ろしていて、途端に目が合ってしまう。
なぜだかその瞳が、少しだけ寂しさを宿しているように見えてしまった。
だがすぐに、フレゼリク陛下は感情を隠すような穏やかな笑みを浮かべる。
「あなたは本当に面白い人ですね、アデリーナさん」
「そ、そうでしょうか……」
彼はにっこりと笑ってくださったけど、なぜかその笑みが恐ろしく思えて……私は一歩後ずさってしまった。
ダンフォース卿とコンラートさんが私を挟むように、両隣へと立ってくれる。
……まるで、私を守るかのように。
「おやおや、まるで姫君を守る騎士のような対応ですね」
「彼女は我々の大切な仲間です。守るべき理由はそれで十分でしょう」
そう口にしたコンラートさんに、フレゼリク陛下はくすりと笑う。
「まるで、私が魔王であるかのような言い方ですね」
「……身に覚えがあるのでは?」
珍しくちくりと棘を含んだコンラートさんの言葉に、フレゼリク陛下は目を細めた。
……その反応で、私は察した。
この人は、私やブライアローズ様の誘拐未遂事件に関わっているのだと……。
「……まぁいいでしょう。アデリーナさんが待てというのなら待ちます。ただし……あまりにも遅ければ、魔王らしく姫君のことを攫いたくなるかもしれませんが」
冗談か本気かよくわからないことを口にするフレゼリク陛下に、私のすぐ隣のダンフォース卿が警戒を強めたのがわかった。
「あなたの選択を楽しみにしていますよ、アデリーナさん」
それだけ言うと、フレゼリク陛下は私たちにくるりと背を向け、この騒動にも我関せずで待機していた従者の元へと歩いていく。
彼らが去っていくのを、私たちはじっと見守った。
そして、その姿が見えなくなったころ――。
「……はぁ~」
ほぼ同時に、私とコンラートさんは大きくため息をついてしまった。
「き、緊張しました……」
「お疲れ様です、妃殿下。私も胃がねじり切れるかと……」
コンラートさんは額の汗をぬぐいながらそう口にする。
あぁ、ご心配をおかけして申し訳ございません……。
「それにしても、やはり《白夜の国》の皇帝はアデリーナ様の正体に――」
「気づいて、いるんだろうな。だが表沙汰にするとは思えない。あの国だって後ろ暗い部分は山ほどあるんだ。あちらが騒げばこちらも反撃するのはわかっているはず。だからこそ、互いに黙っていようということか……」
ダンフォース卿の疑念に、コンラートさんは肯定の言葉を返した。
私もぎゅっと指先を握りこむ。
……やっぱり、フレゼリク陛下は私がかつて誘拐しようとした「《奇跡の国》の王太子妃アデリーナ」だということに気づいているんだろう。
それでも、彼は私の選択を――「地竜に人間を傷つけさせずに元の場所へ帰す」のを待ってくれると言っていた。
正直に言えば、彼の存在が恐ろしくてたまらない。
関わらない方がいいのはわかっている。
でも、どこか心の奥底で……きちんと話し合えば、わかりあえるのではないかという、そんな希望じみた想いが芽生え始めていた。
彼の瞳が……どこか寂しさを帯びているように感じられたからだろうか。
「まったく……どいつもこいつも無茶苦茶だね」
不意に聞こえてきた声に、私は慌てて振り返った。
「ルー! 無事でよかった……」
視線の先では、憮然とした表情のルーが立っていた。
彼はその小さな腕に、大きなかぼちゃを抱えている。
あれ、もしかして……さっきのかぼちゃって、ルーが転がしたの?
「あなたが地竜を逃がしてくれたの?」
「あの地竜はまだ半分眠っているような状態だから、ああやって強烈な刺激を与えないとぼんやりしたまま動けないんだ。……まさか、あの人間が厄介な魔剣を持ってるなんて予想外だよ!」
「魔剣……?」
そう問いかけると、ルーは大きくため息をつく。
「世の中には呪いや魔法の力が込められた剣が存在する。あの剣は……『竜を殺すこと』に特化した剣だ。いったいどれだけの血を吸ってきたのか……考えたくもないね」
「地中に潜っていた地竜が出てきてしまったのは……」
「魔剣の力で呼び寄せられたんだろう。まったく、厄介なことこの上ない……!」
ルーは珍しく、感情的に憤りをあらわにしている。
それだけ、フレゼリク陛下の存在が脅威なのだろう。
「……アデリーナ」
ルーの紅葉色の瞳がまっすぐにこちらに向けられる。
彼はいつになく真摯な表情で告げた。
「秋の妖精王が君たちに課した課題は、あの地竜を『無事に』元の住処である山奥へと逃がすことだ。……もちろん途中で地竜が命を落とすようなことがあったら、問答無用で課題は失格となる」
私はすぐにルーの言いたいことを察した。
「……わかっているわ。絶対に、フレゼリク陛下に地竜を傷つけさせない」
竜から人間を守ると同時に、人間からも竜を守らなくてはならない。
ここへ来た当初とは状況が変わってしまった。
フレゼリク陛下がいつまでも地竜のことを黙っていてくれる保証はないし、急がなくては。
……厳しい状況、だと思う。
地竜があんなに巨大で、危険な存在だとは思わなかったし、フレゼリク陛下の動きも予測できない。
でも、諦めるつもりは毛頭ない。
人と、妖精や竜たちを繋ぐような……そんな存在でありたいから。
私のことを信じてくれる皆と、これからも一緒にいたいから。
それに……自信をもってアレクシス王子の隣に立てるような、そんな妃になりたいから。
これは、私が乗り越えなきゃいけない試練なんだ。
「私に任せて」
自分自身を鼓舞する意味も込めてそう口にすると、ルーは少しだけ表情を緩めた。
「……頼んだよ、アデリーナ」




