12 竜殺しの剣
「え? あの、フレゼリク陛下……」
見せてあげるって、どういうことですか……?
戸惑う私の前で、彼は腰に佩いた剣を抜いた。
その時初めて、私は彼が複数の剣を身に着けているのに気づいた。
「っ……!」
ダンフォース卿とディアーネさんが、急に剣を抜いたフレゼリク陛下に警戒するように私を彼から引き離す。
だがフレゼリク陛下はにっこり笑って見せると、そっと剣を撫でた。
「……竜殺しの剣よ。その血を啜るため、宿敵をここに呼び寄せたまえ」
まるで歌うように、フレゼリク陛下はそう口にする。
……いや、違う。あれは……剣に、語りかけているんだ。
その現実離れした光景に魅入られるように、私は一歩も動くこともできなかった。
だが次の瞬間、まるで地震のように地面が揺れ始め、思わずバランスを崩しそうになってしまう。
「ひゃっ」
「アデリーナ!」
思わずよろめいた私を、ディアーネさんが支えてくれる。
「ダンフォース、とにかく妃殿下を守れ……!」
「御意」
小声でそう指示するコンラートさんに、ダンフォース卿も神妙な顔で頷いている。
「アデリーナさまぁ……なんですか、これぇ……」
怯え切ったロビンがしがみついてくる。
彼も感じ取っているのだろう。
何か、ただならぬ事態が起こる予感のようなものを。
「……大丈夫よ、私がついてるわ」
そうロビンを宥めながらも、私も震える足を叱咤してその場に立っているのがやっとだった。
何か、恐ろしいものが近づいてきている。
本能がそう感じ取ってやまないのだ。
そして、警戒する私たちの前に、その生き物は姿を現した。
「なっ……!」
地面が大きく盛り上がったかと思うと、畑を突き破るようにして地中から巨大な生き物が飛び出してきた。
あまりの大きさに、日の光が遮られあたり一帯に影が落ちる。
馬よりも……いや、そんなもんじゃない。私たちが乗ってきた馬車ごと飲み込んでしまえそうな、とんでもない巨体だ。
確かに頭部は、本などに記された竜の姿をしていた。
だがその生き物は、私の想像していた竜とは大きく違っていたのだ。
岩肌のようにごつごつとした土色の鱗に、象牙のような美しくも鋭い角。
翼はないが、その分地面を踏みしめる四つ足は筋肉が発達しているのかがっしりと太い。
踏みつけられたり蹴られたりしたら、ひとたまりもないだろう。
その足先から伸びる爪は鋭く、容易に人間の皮膚を切り裂くことが予想できた。
これが、地竜……!
その圧倒的な存在に、気が付けば私は呼吸さえも忘れて視線を吸い寄せられていた。
……完全に、予想外だった。
まさか地竜がこんなにも危険な存在で、こんなにも早く出くわしてしまうなんて……。
「どうですか、アデリーナさん。初めて目にした竜は」
初めて相対する危険な竜に警戒する私たちとは違い、フレゼリク陛下はまるで珍しい美術品でも紹介するかのように、穏やかな笑みを浮かべている。
「間違いなくこの竜が周辺を荒らしている犯人でしょう。討伐すれば、《芳醇の国》へ恩を売ることができるでしょうね」
そう口にしたフレゼリク陛下は、まったく怯むことなく先ほど語りかけていた剣を構えた。
まさか、地竜を討伐するの!?
「待ってください!」
気づけば、私はそう叫んで駆け出していた。
「アデリーナ!」
背後からディアーネさんの焦ったような声が聞こえてきたけど、足を止めるわけにはいかない。
だって、私がここで止めなければフレゼリク陛下は地竜を殺してしまう。
そんなこと、させたくはなかった。
フレゼリク陛下は躊躇なく、地竜に向かって剣をふるう。
「駄目です!」
私がそう叫んだ途端、地竜の寸前まで迫っていた剣が……まるで見えない壁に阻まれたように動きを止めた。
私の強い願いが魔法となって、地竜を守ったのだ。
「……おや?」
そこで初めて、フレゼリク陛下は驚いたように目を丸くする。
だが彼は間髪入れずに、再び剣を構えた。
駄目だ、フレゼリク陛下をなんとかしないと……!
焦った私の視界に飛び込んできたのは、無残に荒らされた畑の野菜たち。
お願い、今だけ力を貸して……!
「フレゼリク陛下の動きを封じて!」
そう叫んだ途端、あたりの植物がしゅるしゅると蔓を伸ばし、フレゼリク陛下の足元に絡みつく。
「おやおや、これは驚きましたね」
フレゼリク陛下はその様子を見て、驚くでもなく愉快そうにそう口にした。
その隙に、私は彼の腕へと飛びつく。
「お願いだから……地竜を討伐するのはやめてください!」
「……なぜ? 竜は危険な生き物です。放っておけばこの国の民にも犠牲が出ますよ」
「私がそんなことはさせません!」
絶対に、地竜にこの国の人間を傷つけさせはしない。
それと同時に……人間にも、地竜を傷つけさせはしない。
この地竜だって、きっと望んでこんなことをしているわけじゃないはず。
ルーはブライアローズ様が久しぶりに郷を開いた影響で、気候に変化が生じて寝ぼけた地竜が冬眠から早めに起きてしまったのだと言っていた。
昔からずっと、地竜がこの国の民を襲ったことなどなかった。
今は早めに訪れた春に混乱しているだけで、本当は地竜だって人を襲うつもりなんてないに決まってる……!
私は目の前まで迫った地竜を見上げた。
その巨大な竜は、ぎょろりとした瞳でこちらを見下ろしている。
……やろうと思えば、今すぐ私を殺すことだってできるのに。
地竜は動かなかった。ただじっと、まるで戸惑うようにこちらを見ていたのだ。
やっぱり、この竜は討伐されなきゃいけないような危険な存在じゃない。
「……私が、必ずこの地竜を安全な場所へと逃がします。だから討伐するのは待ってください」
ぎゅっとフレゼリク陛下の腕を握ったまま、そう懇願する。
彼は焦るでもなく、ただただ愉快そうな目で私を見ていた。




