23 王子様、妃の身を案じる
ここ数日、忙しくて離宮に行く暇がない。
最後にアルベルティーナの手料理を食べたのはいつだっただろうか。
……先週か。意外とそんなに時間は経っていなかった。
だが、俺は既にアルベルティーナの元に向かいたくて仕方なかった。
いつの間にか彼女と共に離宮で過ごす穏やかな時間は、俺にとってなくてはならない大切な時間になっていたのだ。
「……コンラート、少し離宮に――」
「ご存じかとは思いますが、この後はプリシラ王女と共に視察の予定が入っております。妃殿下の元を訪れている時間はないかと」
「……またか」
思わずため息が出てしまった。
プリシラ王女は同盟国の王女だ。彼女の接待も仕事のうちだとわかってはいるが……どうにも、気がめいってしまう。
彼女には、同盟国の使者と言う意識が欠けているように思えてならないのだ。
数日前の農村の視察の折に、まるで舞踏会にでも向かうかのように華美なドレスを身に着けてきた時には閉口した。
「やだぁ~。ここどろどろじゃなぁい。ドレスが汚れちゃうわ!」
などと甘えたことを抜かした時には、さすがにイライラした。
すぐに彼女の国の者が屈みこんで、彼女を負ぶった時には眩暈がするほどだった。
いいか、我々はここに視察に来たのだ。遊びに来たのではないぞ!……と怒鳴りつけてやろうと思ったくらいだ。
……きっとアルベルティーナなら、そんな馬鹿な真似はしない。
いつものエプロンドレスを身に着けて、ブーツを履いたしなやかな足で、あぜ道でもすいすいと進んでいくのだろう。
農家の者とも話が弾むだろう。
野菜の生育方法や調理法について熱心に話し合い、レシピを交換したりするのかもしれない。
そうしてこそ、視察の意味があるのではないだろうか。
彼女は聡い娘だ。形だけの視察ではなく、得られるものも多いだろう。
……なんだ。生粋の王族であるプリシラ王女よりも、アルベルティーナの方がよほど、俺が理想とする王族の姿に近いではないか。
「……プリシラ王女のことが、お気に召しませんか」
ふとコンラートに問いかけられ、思わず顔をしかめてしまった。
その様子を見て、コンラートはおかしそうに笑う。
「先日の歓迎会の際には、あなたが『目を細めて愛しそうにプリシラ王女を見つめていた……』なんて噂になっていましたが」
「彼女の身に着けている宝石に光が反射して、眩しくて目を細めていただけだ! まったく、何だあのギラギラは……!」
俺を威嚇しているのか!? 目くらましなのか!!?
まるで昆虫の威嚇色のようにも見えて、ひたすらに目が疲れたとしかいいようがない。
そのくらい、彼女のギラギラは不快だった。
……そういえば、アルベルティーナと近距離で話しても、あのように目が眩むことはない。
そう口に出すと、コンラートが得意げに告げる。
「アデリーナ妃の装飾は上品ですからね。プリシラ王女と比べると控えめですが、それでも妃としての威厳が少しも損なわれていないのはさすがです。相手が不快になるほどの過剰な装飾を控えるのは、貴婦人としては当然の配慮かと思っていましたが……どうやら我々の常識が通じない相手も存在するようで」
「……今日はやけに毒を吐くな」
「プリシラ王女に振り回される下の者たちを見ていると……つい感情移入してしまうんですよね。ですがご心配なく。プリシラ王女が甘やかされて育っただけで、あの国自体が手の付けられない馬鹿の集まり、なんてことはないようですから」
静かに毒を吐くコンラートにつられたように、のんきにケーキを頬張っていた専属騎士のゴードンも話に入ってくる。
「確かにあの王女のギラギラはないっすわー。誰か注意してやれよって思うんですけどね。それに比べて妃殿下はセンスがいいって、うちの妹が褒めてましたよ。何でも前にお茶会で妃殿下が髪や服に生花を飾っていたのがすごく評判良くて、今じゃそのスタイルが大流行りだとか」
「そうなのか……」
「しかも妃殿下が直に育てた花だったみたいで、今じゃ女性たちの間でガーデニングが必修科目になってるらしいっすよ。腕のいい庭師は引っ張りだこだそうな」
ゴードンの話に、俺はまるで自分のことのように嬉しくなった。
彼女はよく自分を卑下するが、それは間違っている。
アルベルティーナは、きっとこの国に二人といない素晴らしい女性なのだ。
今度彼女が自分を卑下したら、俺がそう言ってやろう。
「……あと、殿下。面倒くさいのは重々承知ですけど、できる限りあの王女様の傍に居た方がよろしいかと」
「何故だ」
アルベルティ―ナのことを考えて上を向いた気分が、急下降してしまう。
だが俺の不機嫌など意にも介さずに、ゴードンは珍しく真剣な表情で告げた。
「あの王女、どうやらアデリーナ妃のことを嗅ぎまわっているようです」
「なん、だと……?」
驚く俺に、若干言いにくそうにコンラートも口を開いた。
「ただの子供じみた対抗心ならよいのですが……。少し、注意が必要かと。ただ彼女が決定的な行動を起こす前に、感情のままに食って掛かるような真似は控えてくださいね。こちらの瑕疵となりかねないので。腐っても、彼女は同盟国の王女なのですから」
プリシラ王女を詰問しようと立ち上がりかけていた俺は、その言葉に再び腰を下ろした。
確かに、証拠もなくこちらから食って掛かれば、両国の間に亀裂を生みかねない。
「……離宮の警備を強化しろ。妃の出席する行事も同様にだ。もしもプリシラ王女が何か事を起こそうとした時は、すぐに対処できるような体制を」
「仰せのままに、王子殿下」
……プリシラ王女が何を考えているのかは知らないが、決してアルベルティーナを傷つけさせはしない。
警備体制を強化し、プリシラ王女の行動はできる限り俺が直に見張り、アルベルティーナに近づけないようにしなければ。
もしも、アルベルティーナに害をなそうとした時は……俺の持ちうるすべてを掛けて、俺の妃に手を出そうとしたことを後悔させてやろうではないか。