11 記念に見せてあげましょう
たどり着いた小さな村で現場確認の許可をもらい、私たちは地竜が荒らしたという農地へとやってきた。
「わぁ……」
確かに、農地の一角がまるで地面ごとひっくり返されたように滅茶苦茶になっている。
地面にはボコボコと大きな穴が開き、そこで育てられていた農作物は見るも無残に荒らされ、食べられていた。
そして、さらに驚くことに――。
「おや、奇遇ですね」
「ひっ」
地竜に思いをはせる私にそう声をかけてきたのは……《白夜の国》の皇帝――フレゼリク陛下だったのだ。
なぜ彼がここに!?
「……皇帝陛下もいらっしゃるとは。視察の一環でしょうか」
さりげなく私をフレゼリク陛下の視線から隠すように位置どったコンラートさんが、努めて穏やかにそう問いかける。
どうやらフレゼリク陛下は数人の従者を近くに待機させ、単独で周囲を調べているようだ。
彼は荒れた農地へ視線をやり、にっこりと笑った。
「えぇ、《芳醇の国》の国王陛下に奇妙な噂を聞きまして」
「奇妙な噂……?」
「えぇ、このあたりで夜な夜な『何か』が農地を荒らして困っていらっしゃると。そういうことならば、解決して恩を売っておくのも悪くはないと思いまして」
背筋を冷や汗が伝うのを感じた。
まさか、フレゼリク陛下もこの件に興味を持っているなんて想定外だ。
どうしよう、彼を通じて地竜の存在が《芳醇の国》側にバレてしまったら……!
焦る私をよそに、フレゼリク陛下はあちこちを歩き回り、地竜の痕跡を調べているようだった。
「まだ痕跡が新しい。犯人はこの近くに潜んでいると考えてよいでしょう」
……地竜は、今もこの近くにいるのだろうか。
おそるおそるあたりを見回したけど、竜らしき姿は見えなかった。
このまま、フレゼリク陛下が帰るまで見つからなければいいんだけど。
……そもそも、地竜ってどんな竜なんだろう。
私が見たことある「竜」といえば、前にヒルダ姉さんがとんでもない理由で離宮を乗っ取ろうとしたときに連れていた小さな竜――ジャバウォックくらいだ。
あの竜はあまり大きくなかった。私も飼いたいな……ってちょっと思ってしまうくらいには。
あのくらいの大きさならば、身を隠すことも可能だろうけど……。
「……ねぇルー。地竜って昼間は出てこないのよね?」
フレゼリク陛下の目を盗むようにして、ルーに小声で問いかける。
「………今のところはね。でも、あいつ――」
いつも人をからかうような笑みを浮かべているルーも、今だけは警戒するようにフレゼリク陛下の動きを目で追っていた。
「あの男、危険だ」
「え……?」
その時、急にフレゼリク陛下の視線がこちらを向き、私は思わずびくりと肩をはねさせてしまった。
「こちらを見てください、アデリーナさん」
「あ、はい……」
なぜかフレゼリク陛下は上機嫌で私を呼んだ。
ここで無視するのも不自然な気がして、私は慌てて彼のもとへと近づく。
「この地面の抉れ方、残された痕跡から考えて……この場所に現れたのは、竜の一種かと思われます」
「…………え?」
なんで、こんな短時間で、そこまで……。
驚きに目を見開く私に、フレゼリク陛下はくすりと笑う。
「アデリーナさんは、竜をご覧になったことがありますか?」
「……いえ、そんな、竜を見たことなんて……ありません」
まさか本当のことを言うわけにもいかず、私は力なく首を横に振ることしかできなかった。
「私の住む《白夜の国》には、頻繁に竜が出現するんです」
「えっ!?」
竜って半分伝説の生き物かと思っていたけど、頻繁に出現するなんてことがあるんですか!?
「元々そういう土地なのでしょうね。竜が暴れることも少なくないんですよ。……竜は非常に危険な生き物です。犠牲になる民も少なくない」
フレゼリク陛下は穏やかな口調で、恐ろしいことを口にしている。
彼の目は、油断なく竜の残した痕跡を見つめていた。
……まるで、どこかに潜んでいる地竜を見つけようとするかのように。
かと思うと、彼は私の方へ振り向き、いいことを思いついたとでもいうように笑った。
「せっかくここまで来たのですから、記念に竜を見せてあげましょう」