3 妖精王の試練
ブライアローズ様の言伝を受け、私たちはさっそく行動を開始した。
秋の妖精王は《芳醇の国》で待っている。
コンラートさんに頼んで、急遽《芳醇の国》への視察を計画してもらい、今はこうしてかの国へ向かう馬車に揺られております。
「見てください、周りが全部ぶどう畑ですね……」
《芳醇の国》はその名の通り、ワインの生産地として有名な国だ。
馬車の外に目をやると、美しい丘陵地帯にどこまでもぶどう畑が広がっているのが見える。
出かけることを話したら、侍女たちに「是非ワインのお土産を!」ってせがまれたっけ。
忘れないようにしなければ……。
「はぁ~楽しみっすね! 俺と飲み比べツアー行く人~」
「うむ、付き合うのもやぶさかではないぞ」
完全に観光気分のゴードン卿に、ディアーネさんまでノリノリで頷いている。
「まったく……潰れたらぶどう畑に埋めるか」
コンラートさんはため息をつきながら、なにやらとんでもないことを口にしている。
冗談だと思いたいけど……ストレスが極限に達した人間って何をするかわからないから、一応気を付けておきましょう。
「でも、公務の一環でお酒を嗜む機会が多くなりそうですね」
視察の名目で来た以上、《芳醇の国》の特産品であるワインを口にするのは避けられないだろう。
そんなことを考えながらそう口にすると、王子はくすりと笑った。
「そうだな……万が一潰れるようなことがあったら、君に介抱してもらおうか」
「ふふ、けっこうお酒強いの知ってますよ? でも、お任せください。なにしろ今の私は、王子に随行する侍女ですから」
胸を張る私が身にまとうのは、王太子妃の座にふさわしい豪華絢爛なドレス……ではなく、なんと侍女のお仕着せです。
そう、今回私は「王太子妃」としてではなく、「王子の侍女」としてやって来たのです!
私たちが《芳醇の国》を訪れる真の目的は、秋の妖精王の出す課題をクリアすること。
しかし王太子&王太子妃として入国しては、二人とも公務に忙殺され課題どころではなくなってしまうかもしれない。
そう危惧した私は、こうして身軽な立場――侍女の振りをすることにしたのです。
最初、王子は「君が王太子妃として入国し、俺が従者として付き従う」と言ってくださったのですが……満場一致で却下されました。
それはそうですよね。たとえ質素な衣服を身に着けたとしても、王子が従者に見えるわけがないですもの。
全身から溢れ出る高貴なオーラで、あっという間に身バレしてしまうだろう。
その点私は、ドレスを脱げばモブ同然。
《芳醇の国》の方々と面識はないし、こうやって侍女のお仕着せを身に着けていれば、誰も私を王太子妃なんて思わない。
まぁ、適材適所ってやつです。
そうこうしているうちに、ぶどう畑の向こうに赤茶色の城壁が見えてくる。
あそこが《芳醇の国》の都――私たちの目的地だろう。
……いよいよ、妖精王の試練が始まるのだ。
そっと深呼吸し、私は気合を入れなおすように背筋を伸ばした。
◇◇◇
たどり着いた《芳醇の国》の王城にて。
国王陛下は熱烈にアレクシス王子を歓迎し、さっそく歓迎パーティーが催されるそうだ。
きっと《芳醇の国》の誇る料理と種々のワインがテーブルに並び、さぞかしにぎやかなパーティーになることでしょう。
ちょっと気になるけど……社交は王子に任せ、私はさっそく城下町に繰り出していた。
なにしろこの国への滞在期間にだって限りがあるのだ。
ブライアローズ様は「秋の妖精王は《芳醇の国》で待っている」と仰っていたけど、具体的な待ち合わせ場所などは教えてくれなかった。
課題に手間取って時間切れ……なんてことにならないように、時間が有効活用しなければ。
「しかし、秋の妖精王はどこにいるのでしょうか」
「ふむ……大きな魔力は感知できないな。秋の妖精王を探すのが最初の課題なのかもしれない」
一緒に来てくれたダンフォース卿とディアーネさんの言葉に、私は小さくため息をついてしまった。
本当にそうなんですよね。こんな初めて訪れた場所で、ノーヒントで秋の妖精王に会うことなんてできるのでしょうか……。
そんな不安が顔に出てしまったのかもしれない。
私のエプロンのポケットから飛び出したロビンが、ちょん、と元気づけるように私の頬をつついてきた。
「大丈夫ですよ、アデリーナさま。その辺をお散歩してればきっと秋の妖精王にも会えますって!」
「……そうね。まずはあちこち歩いてみないと」
立ち止まっていては何も始まらない。
あたりを回ってみれば、妖精王がいそうな場所が見つかるかもしれないしね。
お礼の代わりにロビンの頭をなでると、彼は「くふふ」と小さく笑った。
「ほら、あそこのパン屋に行ってみませんか? いい匂いにつられて妖精王が出てくるかも!」
そんなロビンの言葉に背を押されるように、私は大通りへと歩き出した。
周囲には暖かな色をした、木組みの建物が並んでいる。
窓辺からは鮮やかな花々が覗き、街に活気を与えているようだった。
石畳の通りにはパン屋や軽食屋が並び、交じり合う様々な匂いが食欲を刺激する。
通りを進むと広場にたどり着く。広場の中心では、にぎやかなマーケットが開かれていた。
ルビーのような輝きを放つ、瑞々しくふっくらとしたベリー。
牧草地の空気を感じさせる熟成されたチーズに、伝統の糸で編まれた職人技の工芸品。
そして何より、太陽の光をいっぱいに浴びたぶどう畑で育まれた、数々のワイン。
「おぉ……!」
並べられたワインを目にしたディアーネさんの目が輝く。
確かにこれは壮観ですね……。
侍女にお土産を頼まれたことだし、ちょっとくらい下見して行こうかしら。
そんなことを考えながら、ふらふらと近づこうとした途端――。
「アデリーナ様!」
ダンフォース卿が慌てたように私の名を呼ぶ。
それと同時に、強く腕を引っ張られる感覚がした。
「きゃっ!」
するりと、私の腕から抱えていたバスケットが抜き取られる。
まさか……スリ!?
急いで視線をやれば、すっぽりと帽子を被った小柄な人物が、私のバスケットを盗んだまま駆け出していくのが見えた。