22 お妃様、他国の王女と相まみえる
煌々と輝くシャンデリアに照らされた宮殿の大広間には、多くの人が集まっていた。
はぁ……何度経験しても、国賓を迎えるような大規模なパーティーに出席するのは慣れない。
どうしても、場違いな気がするんだよね。
微笑みを顔に張り付けた私は、早くも離宮に帰りたい思いでいっぱいだった。
でも、泣き言ばかりは言ってられない。
王子が新しい結婚相手を見つけるまでは、なんとかお妃様の振りを続けなければ。
本日は西の小国より同盟締結の為に参られた、王女様ご一行の歓迎会だ。
代表を務めているプリシラ王女は、まさに「お姫様!」という感じの可愛らしい王女様だった。
小柄な体躯に、大きな目に、薔薇のつぼみのように愛らしい唇。
あちこちにフリルやリボンのあしらわれた桃色のドレスが、大変よくお似合いです。
立ち居振る舞いも堂々としていて、かつ愛らしさを感じさせる。
はぁ、さすがは生まれついての王女様……。
私のような、手違いでお妃様の振りをしている凡人とは大違いだ。
「初めまして、アデリーナ妃。遅ればせながら、ご結婚を心よりお祝い申し上げます」
間近で見たプリシラ王女は、私ですらぽぉっとしてしまうほど可憐な御方だった。
ネックレスにイヤリング、形の良い頭に戴かれたティアラにも、大粒の宝石が彩られている。
それがまたよく似合っていて、私はまたしても格の違いに打ちのめされてしまう。
「アデリーナ妃は大人っぽい方ですのね。私なんていつまでも子ども扱いされて……羨ましい限りですわ」
頬を紅色に染めてむくれる様もまた愛らしい。
いえいえ、私からしたらプリシラ王女の方がよっぽど羨ましいですよ!
私なんて大人っぽいというか、特徴がないというか……。
それにしても、いかにも王子様なアレクシス殿下と、理想のお姫様を具現化したようなプリシラ王女。
二人並ぶと、まるで絵本の挿絵ですか? と聞きたくなるくらい絵になる光景だ。
プリシラ王女は頬を染めて、嬉しそうに王子に話しかけている。対する王子も、目を細めて優しく彼女の話に相槌を打っている。
……本当なら王子の隣は、私なんかよりもエラやプリシラ王女のような方がふさわしい。
あらためて、そう思い知らされてしまった。
ぼぉっとそんな二人の様子を眺めていると、少し離れたところからヒソヒソ話が耳に飛び込んでくる。
「ねぇ、やっぱりあの噂は本当なのかしら」
「プリシラ王女の?」
「そうよ。プリシラ王女が、ずっとアレクシス王子殿下に懸想されているって話!」
「私も聞いたことあります。もしもこの同盟の調印までに王子殿下がご結婚されていなかったら、プリシラ王女との結婚話も持ち上がっていたとか」
「あらぁ、じゃあプリシラ王女は残念だったわね。なんていっても王子様は、運命的にアデリーナ様と結ばれたのだから!」
その言葉に、心臓がドクンと嫌な音を立てる。
……違う。王子の運命の相手は、私じゃない。
王子の隣に、お妃様にふさわしいのは、私じゃ……ないんだ。
まるで自分が王子とプリシラ王女の間を引き裂く邪魔者になってしまったような気がして、すっと血の気が引いた。
思わずふらついてしまった体は、力強い腕に抱き留められる。
「……ーナ、アルビーナ、大丈夫か?」
大事にしないためか、王子が小声で、それでも気遣わし気に問いかけてくる。
あれ、私を抱き留めてくれたのは王子? 王子はプリシラ王女とご歓談中のはずじゃあ……と思って視線をやると、プリシラ王女がじっとこちらを見ていて焦ってしまう。
王子、国賓である他国の王女を放置してはいけませんよ!
「……申し訳ございません。少し、酔いが回って足がふらついてしまったようで――」
「すぐに休んだ方がいい。離宮まで送ろう」
「えっ? いえ私にはお構いなく――」
必死に固辞したけど、王子は私の肩を抱くようにしてあっという間に会場から出てしまった。
あぁ、プリシラ王女が待っているのに……!
離宮まで送ると主張する王子を何とか説得して、馬車に乗りこむまで見送っていただくということで妥協してもらった。
はぁ……、馬車が出たらちゃんと会場に戻ってくださいね?
先ほどまでのざわめきが嘘のように、静かな馬車に揺られているとほっとする。
それにしても、もしも王子がエラと出会わなければ、プリシラ王女と結婚していたかもしれないなんて初耳だ。
皆私を気遣って、私の耳には入れないようにしてくれていたのかもしれない。
見た感じだと、プリシラ王女は今でもアレクシス王子を慕っているようだった。
アレクシス王子もあんなに可愛らしい王女に慕われて、嫌な思いをするはずがない。
あれ……これ、普通にうまくいくんじゃないかな?
「…………よし」
私の方から変なお節介を焼くつもりは無い。王女に誤解されたら困るしね。
でも、アレクシス王子がプリシラ王女を選んで、私と離婚して彼女と再婚するというのなら……笑顔で祝福しなければ。
大丈夫、私ならできるはず。
……でも、離婚してこの離宮を離れなければならないと思うと、急に寂しさが沸き上がって来た。
なんだかんだで、私はこの生活を気に入っていたのかもしれない。
優しい侍女に、頼りになるダンフォース卿。一緒に畑の手入れをしてくださる使用人さんたちに、私を癒してくれるアルパカちゃんをはじめとする動物たち。
それに……足繁く通ってくださる王子殿下。
……ううん、惜しく思うなんておこがましい。
元々、これは私のものではなかった。
王子の選んだ、お妃様に与えられるはずのものだったのだ。
だから、きちんとお返ししなければ。