1 妖精女王の来訪
日に日に寒さがやわらいでいき、暖かな春の気配が濃くなっていく――そんな季節。
私たちは今日もせこせこと、畑の手入れにいそしんでおりました。
「ふぅ……だいぶ形になってきたかしら」
ひとしきり雑草を取り除いた畑を見回し、私は満足のため息をついた。
春の妖精女王と人間との長きにわたる確執。
それによって引き起こされた常冬現象を食い止めるために、少し前に私たちは春の妖精の郷へと赴いた。
その結果、春の妖精女王――ブライアローズ様が暴走したり、なんやかんやで私が彼女の孫娘だと発覚したり……本当にいろいろなことがあった。
まぁ、無事にブライアローズ様と和解し春を取り戻して、私と王子は三人の妖精王に認められ、めでたしめでたし……と言いたいところなのですが、大きな事件の後には後始末が付き物なんですよね。
ブライアローズ様が怒りにかられ、魔力を暴走させた結果……私の住む離宮の周辺の植物も見るは無残に枯れ果ててしまった。
その後、眠っていた私が無意識に枯れてしまった植物たちを蘇らせたらしいのですが……もちろん、私は魔力の扱いに関してはド素人なわけで。
一見、美しい緑が蘇ったように見える庭園も、畑も、ジャングルのように花も野菜も雑草も入り混じるめちゃくちゃな状態になってしまっていたのです!
というわけで、今日も私はちまちまと畑の雑草取りに精を出していた。
庭園の方は王子が王宮中の庭師さんを集めてくださって、今は急ピッチで復元が進められている。
はぁ……魔法の扱いに慣れれば、寝ている間に美しい庭園を造成したりできるのかしら。
今度、鉢植えから練習してみようかな。
そんなことを考えていると、くいくいとエプロンドレスのスカートが引っ張られる。
「フーン」
「あら、もうこんな時間……教えてくれてありがとう、ペコリーナ」
「フェ~」
お礼を言うと、私の心の友でもある可愛いアルパカ――ペコリーナは気の抜けたような声を上げた。
心配性なペコリーナはこうして私が長時間作業に没頭しすぎていると、手ごろなところで休憩をとるようにと教えてくれるのだ。
「そろそろ休憩でーす!」
周囲にそう声をかけ、私も立ち上がる。
「お疲れ様です妃殿下、アフタヌーンティーを用意いたしましたのでこちらへどうぞ」
「ありがとう、ダンフォース卿」
私の護衛騎士(の仕事の範疇を超えていろいろと気を使ってくれる)ダンフォース卿がエスコートする先には、畑の傍に設置された簡易的なテーブルセットが。
うふふ、これならのんびり休憩できそうですね。
「ディアーネさん、よければ一緒にお茶を……うぇ!?」
一緒に草むしりをしてくれていた妖精族のディアーネさんに声をかけた私は、振り返った彼女の姿を見て素っ頓狂な声を上げてしまった。
なんと彼女は、もぐもぐと雑草を咀嚼していたのです!
「ディアーネさん! それ食べてもおいしくないですよ!!」
「うむ、だが食べられないことはない。マンドラゴラもそう言っているしな」
「ぴきゅ」
「あー! マンドラゴラちゃんも!」
ディアーネさんの足元では、彼女と同じく最近離宮で暮らすようになったマンドラゴラちゃんが、しゃくしゃくと雑草を咀嚼していた。
最近気づいたのですが……妖精の郷から来た方々は、こうして何でもかんでも口にしてしまう癖があるようだ。
文化の違いもあるし、私も無理に止めようとは思わないけど、離宮の主としてはできればもっと美味しいものを食べていただきたいんですよね……。
「そりゃあ食べられないことはないかもしれないですけど……美味しいお茶とスイーツもあるんですよ?」
そう口にすると、「スイーツ」の単語に反応したディアーネさんの葉っぱのようにとがった耳がぴくりと動いた。
「スイーツか……この前食べた黒いケーキは得も言われぬ美味だった……」
「黒いケーキ……ガトーショコラですか? ふふ、ディアーネさんのリクエストなら喜んでまた作りますね」
もともと春の妖精女王ブライアローズ様の臣下であり、長らく妖精の郷で暮らしていたディアーネさんは、ここの食生活がたいそう気に入ったようだった。
ほっそりとした見た目に似合わず食いしん坊なのか、気づけば自然に生えている雑草やキノコをもぐもぐしていたりするけれど……こうやってお誘いすれば一も二もなく乗ってくれるのです。
「ほら、マンドラゴラちゃんも。ロビン! マンドラゴラちゃんになにかおやつをあげてくれる?」
「は~い」
そう呼びかけると、一足先にスイーツをむさぼっていた小さな妖精――ロビンが、クッキーを片手に飛んできた。
マンドラゴラちゃんはこれでなかなか扱いが難しく、本人(?)が動きたくないときに無理に動かしたりすると、鼓膜が破れそうなくらいの悲鳴を上げるのですが……ロビンはマンドラゴラちゃんの扱いがうまい。
彼に任せておけば大丈夫だろう。
「ふぅ……この離宮もなかなか大所帯になってきたものね……」
席に着きながらそう呟くと、ダンフォース卿が穏やかに同意してくれる。
「妃殿下の人徳あってのものですよ。皆、妃殿下にお仕えし支えたいと思うからこそ、こうして集まるのです」
「そうそう、さすがは私の孫娘だわ~」
「ありがとうございます……ってえぇぇ!?」
ちょっと待って! 今、聞こえてはいけない声が聞こえてしまった気がするのですが……。
おそるおそる声の方へ視線をやり、私は絶句した。
テーブルの一角には、なぜかこの場所にいるはずのない存在――偉大なる妖精女王ブライアローズ様が、何食わぬ顔でお茶を飲んでいたのですから!




