42 君の、この小さな王国に
離宮の傍の庭園へと戻ると、そこでは既にプチパーティーが開かれていた。
「あ、アデリーナさま! 王子! これすっごく美味しいですよ!」
真っ先に私たちの姿に気が付いたロビンが、祝花祭のために用意された揚げ菓子を片手に飛んでくる。
「ぴぃ!」
「うわ!? なんですかこいつ!」
お菓子に気づいたマンドラゴラちゃんが短い手を伸ばし、ロビンの手からお菓子を掠め取る。
そのままシャクシャクと咀嚼するマンドラゴラちゃんを、ロビンは不思議そうな目で見つめている。
「えっと、これからここで面倒を見ることになったの。仲良くしてあげてね?」
「はぁい。まぁここでは僕の方が先輩だから、いろいろ教えてあげますよ!」
ロビンは地面に降りたマンドラゴラちゃんに、何やらいろいろと説明しているようだ。
通じているかどうかはわからないけど……その光景はとっても微笑ましくて頬が緩んでしまう。
「戻ったか、アデリーナ」
「王子殿下もお疲れさまでした」
次に声をかけてきたのは、ディアーネさんとダンフォース卿。
ディアーネさんの抱えるお皿には、はみ出しそうなほどたくさんの料理が載っている上に、今ももぐもぐと口を動かしていた。
おぉ、どうやら祝花祭のごちそうを気に入ってくださったご様子で。
それは嬉しいのだけれど、彼女には伝えなければならないことがあるんですよね……。
「あの、ディアーネさん。ブライアローズ様が仰られていたのですけど――」
「あぁ、これからここで世話になる。人間の作法には疎いがよろしく頼む」
あれ、意外と普通に受け入れてくれた!
「えっ、いいんですか!? 故郷に戻りたいとかは……」
「妖精の郷は平和だが刺激がないからな。たまには別の場所に身を置くのも悪くない。……それに、ユーリディスが見ていた景色を、私も見たいと思ったんだ」
「ディアーネさん……」
「何よりも飯が美味い。これは思わぬ収穫だ」
「あはは、それならよかったです」
私も、ディアーネさんが近くにいてくれると思うと心強い。
これからもよろしくお願いしますね。
にこにこと笑う私に、ダンフォース卿がこそっと耳打ちしてきた。
「妃殿下、彼女の食事量は想像以上です。先ほどはものの五分で一つのテーブルの上の料理を全て平らげました」
「えっ、それはすごいわ……!」
「えぇ、作り手としては腕の見せ所ですね」
ダンフォース卿の目にはいつになく闘志がみなぎっていた。
騎士としても優秀な彼だけど、こうしてやる気を見せるのは誰かに美味しい料理やお菓子を振舞う時なのかもしれない。
私にとっては、この上なく頼りになる護衛騎士様だ。
「あっ、王子! 妃殿下!」
「もー、遅いっすよ! あと五分遅かったらお二人の分の料理も食べようかと思ってたところで……いやいや、冗談ですけど」
騒ぎを聞きつけたのか、コンラートさんとゴードン卿もやって来た。
ゴードン卿の手には、ディアーネさんと同じように大量の料理を乗せたお皿が。
王子に睨まれ慌てて背中にお皿を隠したけど、たぶん「私たちの分まで食べようと思ってた」っていうのは本気なんだろうな……。
「あっ、それ僕が目を付けてたデザートの最後の一個なのに!」
「あはは。おいチビ。こういうのは早い者勝ちなんだよ」
「うわーん、アデリーナさまー!」
ゴードン卿にいじめられたロビンが半泣きで飛んでくるのを慰めながら、私はくすりと笑った。
コンラートさんは「おとなげない」とゴードン卿に説教をし、ディアーネさんはその隙にゴードン卿のお皿から自分のお皿へこっそりと料理を移し替えている。
その足元では、ダンフォース卿が上機嫌でマンドラゴラちゃんに自作のデザートを食べさせていた。
離宮で働く人たちも、食べたり飲んだり歌ったりとても楽しそうに過ごしている。
ふふ。いいですよね、こういうの。
「フェ~」
「あら、ペコリーナ。お腹いっぱい食べた?」
「フーン」
とことこと近寄って来たペコリーナが、私の手にすりすりと鼻先を摺り寄せる。
「ペコリーナがここにいるということは……やはり来たか!」
頭上でバサリと翼がはためく音がしたかと思うと、ものすごい勢いでペガサスさんがこちらへ突っ込んで来た。
「うひゃあ!?」
「くっ……また勝手に抜け出したな!?」
「ヒヒン!」
乱暴に私たちの目の前に着地したペガサスさんは、抗議するように王子に向かって前足を振り上げ、いななきを上げた。
あらあら、もしかして今晩はお留守番を言いつけられていたけど、我慢できなくて抜け出してきちゃったのでしょうか?
「わかったわかった! それに関しては俺が悪かった! 謝るから暴れるのはやめろ!」
「ブルルルル……」
ふふ、なんだかんだで王子とは意思疎通ができているんですね。
私にはさっぱりですが。
「ペコリーナ、済まないがこいつと遊んでやってくれるか?」
「フェ~」
王子に頼まれ、ペコリーナはトコトコとペガサスさんに近づいていく。
よかったね、ペガサスさん。
満ち足りた気分で、私は周囲を見回した。
皆思い思いに、羽を伸ばしているようだ。
「……一年で、ずいぶんと賑やかになったものだな」
「えぇ、本当に……」
初めてこの離宮に来た日のことを、私は昨日のように思い出せる。
ここへ来てから、本当にいろいろなことがあった。
戸惑うことも多かったけど、今となっては大切な思い出の一つですね。
「まだ君がここに来て間もない頃、俺はここに来るたびに不思議に思っていたんだ。なぜこの場所は、こんなにも穏やかでリラックスできる空気が流れているのかと」
「王子にそう思ってもらえるなんて光栄です」
「すべては君の気質……人徳のなせる業なのだろうな。人の上に立つ者というのは、常に相手を警戒し、笑顔の裏で策謀を巡らせたり、気を張っていることが多い。だが……君には全くと言っていいほどそれがない」
王子がそっと私の肩を抱き寄せた。
私も静かに、彼に身を預ける。
「だからこそ、多くの者が君を慕い、集まらずにはいられないのだろう。君の、この小さな王国に」
王子の言葉が、気恥しくも誇らしく感じる。
そうですよね。模範的なお妃様のようにはなれないけど、これはこれでいいのかもしれない。
人間に、妖精に、アルパカにペガサスにマンドラゴラに……こうやって、皆でのんびり暮らせる場所があるのだから。
この小さな輪を、少しずつ大きくしていけたら。
そんな夢を、抱かずにはいられないのです。
「……叶うはずだ、きっと」
こつんと額をあわせるようにして、王子がそっと囁く。
「なんていってもここは……《奇跡の国》なのだから。どんな奇跡だって起こらないはずがない」
そうですよね。ずっと憧れるだけだった地味な私が、今はあなたのお妃様なんてやっているのですから。
世の中、何が起こるかわかりませんよね。
祝花祭を祝う花火が打ち上げられ、夜空を鮮やかに照らし出す。
集まった人たちから、一斉に歓声が上がった。
でも、私はその美しい花火を見逃してしまった。
不意打ちで王子に唇を塞がれて、視界いっぱいに広がるのは彼の美しい瞳の色だったから。