40 春風とともに
城門が開き、緊張で胃がひっくり返りそうな私を乗せて、馬車は大通りへと進んでいく。
いよいよ、パレードの始まりだ。
「見て! 王子様よ!!」
「いつ見ても素敵……!」
「キャー! こっちを向いた! 私に手を振ってるわ!!」
「違うわ! 今のは私に振ったのよ!」
……相変わらず、王子はものすごい人気ですね。
通りに集まった女性たちが、頬を紅潮させたり感激にあまり泣いたりしながら、必死に王子に声援を送っている。
一年前は私もあの中にいたのだと思うと(あの人たちみたいに最前列に陣取る勇気はなかったけど)、人生って本当にわからないものだと思ってしまう。
通りを埋め尽くす人に、爆発的な歓声。
王子はそんな歓声に応えるように、用意していた花をまく。
その途端、よりいっそう大きな歓声が上がる。
その場の雰囲気にすっかり威圧される私に、王子はそっと囁く。
「ほら、アデリーナ。君も花を届けるといい。皆喜ぶぞ」
王子に促され、私も用意していた花を一輪手に取り、こちらに手を振る観客の方へそっと投げる。
その途端歓声が沸き上がり、私は驚いてしまった。
王子はともかく、私まで……?
「お妃様ー!」
「見てママ! お妃様、とっても綺麗だね!」
「えぇ、初めてお姿を目にしたけど、すごく素敵な方ね」
皆の笑顔に、声援に、胸が熱くなる。
よかった、私……ちゃんと、受け入れてもらえているんだ……。
感激のあまり涙ぐむ私に、王子は優しく微笑む。
「大丈夫、君は皆に望まれている。なんていっても、俺の妃なのだから」
ぐいっと私の肩を抱き寄せた王子が、頬に口づける。
大きな歓声が上がると同時に、私は真っ赤になってしまった。
「ちょっ……王子! 皆の前なのに……!」
「アデリーナ。俺たちの仲睦まじさを見せつけるのもこのパレードの意義なんだ」
そんな馬鹿な……と思ったけど、王子の積極的な行動に観客たちは皆喜んでいるようだった。
うぅ、皆さんが喜んでくださるのは嬉しいけど、すごく恥ずかしい……!
ニヤニヤ笑う王子から視線を逸らし、再び通りに目を向けると――。
「あら?」
建物の屋根の上に誰かがいる。あれは……エラと魔法使い!?
驚く私に、エラと魔法使いは嬉しそうに手を振る。
そして二人は見つめ合い、頷き合ったかと思うと、通りに向かって何かを撒いた。
その途端、バサバサと羽音が聞こえる。
「わぁ……!」
どこからか何羽もの白いハトが飛んできて、私たちを祝福するかのように周囲を飛び回った。
「白いハトは平和の象徴。君の妹からの粋なプレゼントだな」
「はい……!」
再び建物の上に視線を向けると、既に二人の姿は消えていた。
ふふ、素敵なサプライズをありがとうね、エラちゃん。
エラの計らいに勇気を貰った私は、顔を上げて、集まった人たちに次々と花を送った。
皆嬉しそうな笑顔で、こちらに手を振り返してくれる。
……よかった、この人たちが無事で。
終わらない冬に飲み込まれることも、妖精女王の呪いに蝕まれることもなく。
この国の民が、健やかに毎日を過ごせることが、とても尊く思えた。
……きっとこの日を、この光景を、私は生涯忘れることはないだろう。
そろそろ、パレードも終わりに近づいてきている。
始まる前はあれほど緊張していたのに、終わってしまうと思うと名残惜しくてたまらない。
そんな私の想いを汲んだかのように、更なるサプライズが降り注ぐ。
「あれ……?」
上空から、何かがひらひらと舞い落ちてくる。
雪が降るには遅い季節だけど……と、人々は首をかしげている。
ちょうど目の前に落ちてきたので、私も手を伸ばして受け止めると――。
「これは……花びら?」
私の手のひらに乗っていたのは雪でもさっきのハトの羽でもなく……キラキラと光る、ひとひらの花びらだった。
いったいどうして……と頭上を見上げ、私は驚いた。
まるで鳥の群れのように、何かが王都の上空を飛んでいる。
あの姿は、まさか――。
「見て! 妖精だよ!」
「馬鹿な、妖精なんておとぎ話の中の存在で――」
「でもこの花びら、キラキラ光ってるわ。妖精の粉みたい」
困惑する人々に向かって、ぶわりと強い風が吹き付ける。
それはとても優しくて、温かくて……まるで、春の訪れを告げるかのようだった。
「……春の妖精たちが、世界中へ飛び立っていったんだな」
そう呟いた王子の声に、私は深く頷いた。
「はい……! 世界中に、春が戻って来るんですね……」
《深雪の国》のように寒さに凍える人々の下にも、温かな風が吹く。
悲しみを乗り越えた妖精女王の、人々への祝福。
私は誇らしい思いを胸に抱きながら、世界中へ旅立っていく春の妖精たちを見送るのだった。




