39 王子の隣で
「素敵です、お妃様!」
「まるで春の女神のよう――」
「パレードの観客はお妃様に見惚れること間違いなしですね!」
「ふふ、ありがとう……」
いつも思うけど、王太子妃の身支度って本当に大変だ。
離宮の侍女たちの力を借り、長い時間をかけドレスとメイクを身に纏う。
こうすれば、モブな私も遠目にはお妃様に見える……はず。
それでも、あの王子の隣に立つと霞んでしまいますけどね。
「お妃様、王子殿下がお迎えにみえました!」
侍女の嬉しそうな言葉に、私は慌てて背筋を伸ばした。
ちょっと緊張するけど、王子をお待たせしてはいけませんね。
私はいそいそと控えの間を出て、王子の待つ応接間へと足を進める。
「お待たせいたしました。王――」
「きゃあ! 素敵よ、アデリーナ!」
「よく似合っているな。ティターニアにも見せたいものだ」
「冬を終え、春を迎える祭事の衣装としてはよくできている」
「……アデリーナ、なぜ彼らがここにいるんだ?」
応接間には困惑気味の王子だけではなく、妖精王三人が我が物顔で鎮座していたのです。
すみません、王子。まさか妖精王という存在がこんなにフレンドリーだなんて、私も想像していなかったのです……。
妖精王三人は王子よりも先に私の周りにやってくると、何やら感想を付け始めた。
「そのドレスの色も可愛いけど、明るいピンクにしてみてはどうかしら!」
「いや、眩い太陽のような黄色がいいだろう」
「だから貴殿らは派手すぎるといっているだろう。ここは清楚な白が一番だと――」
「いっ、今のままの色で結構です……!」
一斉に私のドレスの色を変えようとする妖精王三人に、私は慌てて後ずさった。
本日私が身に着けているドレスは、若草色を基調とした淡いグリーンの系統でまとめている。
「……君の瞳と同じ、新芽が芽吹くような春の色だ」と王子が選んでくれた物なのです。
だからお三方のご厚意はありがたいのですが、この色だけは絶対に変えたくないんですよね……!
「おい、アデリーナに群がるな! 囲むな! ドレスの色を変えようとするな! まったく油断も隙もない……」
妖精王に包囲される私を、王子が抱き寄せるように救出してくれる。
彼は縮こまる私に視線を移すと、じっと私の格好を眺めていた。
何か変だったかな……とドキドキしたけど、すぐに彼は優しく口を開く。
「……思った通りだ。ドレスが完成した時も美しいと思ったが、君が袖を通すことによって何百倍も魅力的に見える」
「そんな……」
「自信を持て、アデリーナ。妖精王の珍妙なセンスなどなくとも、君は君のままが一番美しいのだから」
「王子……」
センスを否定されたお三方がぶーぶー言うのには気づかない振りをして、私はそっと頷いた。
「王子も、とても素敵です。本当に、おとぎ話の中に出てくる王子様みたいで……」
今日のアレクシス王子は、私のドレスよりも少し濃いグリーンの礼服を身に纏っていらっしゃる。
それがまたよく似合っていて……というよりもこの御方に着こなせない衣装などないのでは? という感じですね。
まぁ何を言いたいのかと言えば……見惚れてしまってうまく言葉もでてこないということです。
「惚れ直したか?」
耳元でそう囁かれ、一気に体温が上昇する。
あぁもう……私の心なんて、お見通しなんでしょうね!
「アデリーナ、例の騒動で少なからず民の間にも動揺が広がっている。だから今日のパレードは、そんな民に『何も心配することはない』『長い冬は終わり、新しい春を祝福しよう』というメッセージを伝えるのが目的だ。君はそのメッセンジャーとなる」
「はい、重大なお役目ですね」
不安に苛まれる皆様に、楽しかったり、嬉しかったり、そんな暖かな気持ちになってもらうのが私の役目。
何があっても、この方たちがいれば大丈夫だと皆に思ってもらえるように。
王子の隣で、笑っていよう。