37 やらねばならないこと
善は急げとばかりに、ブライアローズ様は再び郷を開く準備を進めるため、春風のように颯爽と去っていった。
母さんとヒルダ姉さんは、ブライアローズ様と一緒に春の妖精の郷へ行くことにしたそうだ。
ずっとそこにいるのか、それとも気がむいたらまた別のところへ行くのかどうかはわからない。
でも……少しでも、ブライアローズ様が喜ぶのなら何よりですよね。
私もブライアローズ様直々に一緒に来ないかと誘われたけど、丁寧に固辞しました。
だって、私はこの国の王太子妃。ここで、やらねばならないことが山積みですからね。
そう、やらなければならないことが――。
「あああぁぁぁぁぁぁ……」
美しく設計された、それでいてシンプルな馬車を前に私は床に崩れ落ちた。
そう、やっと思い出したのです。
今日が、祝花祭の前日だということを……!
「あらら、これは大変ね」
「かぼちゃの馬車なら作れるけどどうしますか、義姉さん?」
エラと魔法使いの声に、私は静かに首を横に振った。
「……いいえ、お気遣いありがとう」
だって、かぼちゃの馬車はエラのためのもの。
二人の思い出を、私が邪魔しちゃ悪いですからね。
でも……このなんの装飾もなされていない馬車をどうしましょう。
祝花祭のパレードはもう明日……というか今は真夜中なので、数時間後に迫っている。
なのに、春の妖精の郷へ出かけたりブライアローズ様の暴走を止めたりといろいろあったせいで……明日の準備が、まったく完了していないのです!
「妃殿下、城下の花屋を確認しましたが……春の妖精女王の呪いの影響で、どうやら生産に狂いが生じているようです。種類や状態を問わず、使えそうな花は集めましたが……」
「離宮の周辺を確認し、使えそうな花を集めてきた。アデリーナのイメージ通りの材料が揃っているかはわからないが……」
状況を報告してくれたダンフォース卿とディアーネさんに、私は藁にもすがる思いで頭を下げる。
「ありがとう、二人とも。もうこの際だから細かいところは問わないわ。何でもいいから、使えそうな花をもっと集めてちょうだい……!」
私に課されたミッションは、とにかく明日のパレードまでに馬車を人前にだせる状態に飾り付けること。
妖精女王の呪いは、なんとか取り返しのつかなくなる前に食い止めることができた。
でも、植物が枯れたと思ったらまた再生したり、短時間でも倒れる人が出たりと、少なからず王城周辺に影響が出てしまった。
そのせいで、民は不安を感じている。
そんな民に「何も心配はいらない」と伝えるためにも、王子は例年通りに祝花祭を執り行うことを決めた。
そんな王子の想いを無駄にしないためにも、私はパレードを成功させなければならない。
でも、あと数時間で、うまく馬車を飾り付けることなんてできるのでしょうか……?
私を心配して祝花祭が終わるまで城に残ってくれているエラや魔法使いさん、それにディアーネさんの力も借りて、なんとかそれらしい形を作り上げなくては。
本来は、祝花祭のパレード用の馬車は緻密な装飾デザインを作り上げて、それ専用に育てた花を用いて仕上げる予定だった。
でも、結局デザインは完成していないし、専用の花は呪いで駄目になってしまったし、あり合わせで何とかするしかないんですよね。
「大丈夫よ、アデリーナ。私たちがついてるわ」
「エラ……」
しっかりと手を握りそう言ってくれたエラに、思わず涙が出そうになってしまう。
あぁ、やっぱり持つべきものは優しくて頼りのなる妹だった――。
「いざとなったら大量の鳩を飛ばして、観客の目くらましをすればいいのよ!」
「絶対だめー!」
さすがはエラちゃん。馬車の装飾が上手くいかないのなら観客の目の方をどうにかしようなんて、発想が斜め上過ぎる……!
いくら動物と仲が良いプリンセスでもやっていいことと悪いことがあるよね!?
そんなに大量の鳩を飛ばしたりしたら、翌日路上が糞だらけになってしまうじゃない……!
「たとえみすぼらしい物に仕上がったとしても、できる限りの力は尽くさないと。とりあえず集めた花を、馬車の外面を覆うように飾り付けて――」
「あらあら、お困りかしら?」
意を決して作業に入ろうとした瞬間、急に背後から聞こえた声に私は飛び上がってしまった。
あぁ、このまったく状況を理解していないようなマイペースなお声は――。
「ブライアローズ様!?」
驚いて振り返ると、やはりそこにいたのは郷に帰ったはずのブライアローズ様だった。
もちろん、お越しになるなんて聞いていない。
本当に私の知り合いって、ホイホイ不法侵入を繰り返すのはどうにかならないのかしら。
「どどど、どうしてここに……?」
「うふふ、私はあなたのフェアリーゴッドマザーなんだもの。あなたを助けるのが私のお仕事よ」
おぉ、いつの間にか私のフェアリーゴッドマザーへ就任していらっしゃる……。
でも、ブライアローズ様はあの一件で力を使い果たしたはずなのに、いったいどうやって……。
「じゃじゃーん! 今日は強力な助っ人を呼んできましたー!」
そんな言葉と共に、現れたのは――。
「久しいな、人の子よ」
「そなたはいつも厄介ごとに巻き込まれているな」
「オベロン様にユール様!?」
なんと、夏の妖精王と冬の妖精王……ブライアローズ様も合わせて、三人の妖精王が揃い踏みだったのです!