35 私の夢、私の希望
「あぁ、今日はなんていい日なのかしら!」
ブライアローズ様は上機嫌で、踊るように軽やかな足取りだ。
彼女が歩くたびに、その足元に花が咲いていく。
……嬉しさのあまり、魔力が漏れ出ちゃってるって感じなのかな。
「あなたたち、もっと顔を良く見せてちょうだい……。うふふ、あなたはとても美人さんね。私も鼻が高いわ」
「光栄にございます、女王陛下」
「あらやだ! 女王陛下だなんて……私のことはおばあ様でいいわよ!」
「え、それはその……」
初孫フィーバー(?)でキャッキャと喜ぶブライアローズ様に、さすがの姉さんもたじろいでる。
珍しい光景だなぁ……。
「あなたは美しく澄んだ目をしているわ。とても綺麗な心の持ち主なのね。ユーリディスもそうだったのよ」
「でも、私はお母さんとは血が繋がってなくて――」
「そんなの関係ないわ。あの子の娘の娘であることに変わりはないんだもの。あなたも私の可愛いひ孫よ!」
ブライアローズ様に微笑まれて、エラは照れたように目を伏せた。
よかったね、エラちゃん。
ブライアローズ様は最後に私に視線を合わせると、少しだけ緊張気味に口を開く。
「アデリーナ……初めてあなたに会った時に、本当にユーリディスが帰ってきたくれたのだと思ったの。それくらい、あなたはあの子によく似ていたから」
「ブライアローズ様……」
「今はちゃんとわかっているから安心して。あなたとユーリディスは違う存在。でも……確かに、あなたたちの中にユーリディスは息づいている。私は、それが嬉しいの」
そう言って少し切なげに微笑むブライアローズ様に、私はなんと声をかけていいものか戸惑ってしまった。
そんな私の態度を察したのか、ブライアローズ様は慌てて付け加える。
「あっ、そんなにしんみりしないで! 私、今とっても嬉しくてたまらないのよ。だって……こんなに可愛い孫たちに囲まれているんだもの。是非私のことは『おばあ様』もしくは『おばあちゃま』と呼んで――」
「さすがに不敬すぎて無理です!」
「別に構わないのに……」
項垂れるブライアローズ様に私たち姉妹は顔を見合わせた。
だって、相手は偉大なる春の妖精女王なのです。
見た目だけなら私たちと変わらない年頃に見えるし、とても『おばあ様』や『おばあちゃま』なんて呼べませんよね。
単なる冗談だったのか、困った顔の私たちにブライアローズ様は嬉しそうに微笑む。
「ねぇ、アデリーナ。私も……あれからよく考えたのよ。きっとユーリディスは、自分を盾にしてでも娘を――あなたのお母様を無事に逃がしたかった。それが叶ったのだから、きっとあの子は後悔していないはずだわ。人間と共に生きていくと決めて、妖精の郷を出たことだって……。だから、私もあの子の想いを尊重することにしたの」
彼女はそっと私の手を握り、はっきりと告げる。
「春の妖精女王の名において、再び郷を開き、凍える者たちへ春を届けることを約束しましょう」
一拍遅れて言葉の意味を理解した私は、驚きのあまり変な声が出てしまった。
「…………へぁ!? 本当ですか!?」
「えぇ。あなたがこんなに頑張っているのに、私のわがままで皆を苦しめていたらユーリディスに怒られてしまうわ」
じわじわと、ゆっくりと、喜びがこみ上げてくる。
ブライアローズ様が再び郷を開いてくれたのなら、次に冬が終わる頃には……多くの春の妖精が、世界中に春を呼びに飛んでいくのだろう。
《深雪の国》のように、雪と氷の閉ざされた場所に、寒さに震える人々の下に。
温かで優しい、春が訪れるのだ。
感極まった私は、何度も何度もブライアローズ様に頭を下げる。
「あ……ありがとうございます、ブライアローズ様!」
「あなたのおかげよ、アデリーナ。あなたのおかげで、私は救われた。ユーリディスは亡くなってしまったけど、あの子はこの世界に大切なものを残していってくれた。あの子の意志は、あなたが継いでくれた」
私の手を握る、ブライアローズ様の力が強くなる。
「あなたは私の夢、私の希望……どうか、あなたの進む道へ光が射し続けることを祈りましょう」
ブライアローズ様がそっと私の前髪をかきあげ、額に口付けを落とす。
その途端、じんわりと体が温まって心の奥底から気力が湧いてくるような気がした。
きっと……春の妖精女王であるブライアローズ様が祝福をくださったのですね。
「どうか、あなたが人間と妖精たちを繋ぐ懸け橋になりますように」
私は何度も何度もブライアローズ様にお礼を言って、その場を後に走り出した。
この嬉しい出来事を、真っ先に伝えたい人の下へ。