31 決断
「すまない、ペコリーナを呼んでくれ」
「え、あのアルパカですか?」
「あぁ、彼女もアデリーナのことを心配しているだろう」
ゴードンは訝しげな顔をしながらも、すぐにペコリーナを連れてきた。
「フーン……」
ペコリーナは悲しそうに無き、そっと眠るアデリーナに鼻先を摺り寄せる。
その光景を忘れないように視界に収めながら、俺はディアーネへと声をかけた。
「ディアーネ……彼女――ペコリーナを、アデリーナと同じく百年の眠りにつかせてくれ」
そう口にした途端、この場にいた全員が一斉に息を飲んだ。
「……残念だが、今の我らの力では百年の眠りにつかせられるのはあなた一人で精一杯だ。彼女をも眠りにつかせることは――」
「……俺は数に含めなくて構わない。ペコリーナだけでも、アデリーナの傍にいさせてやりたい」
「「はぁ!!?」」
俺の言葉受けて、コンラートとゴードンが同時に素っ頓狂な声を上げる。
「ちょ……何言ってんですか王子! この機会を逃したらもう妃殿下とは――」
「わかっている。俺だって、できることなら百年後もアデリーナと一緒にいたいに決まってるだろう! だが――」
俺とアデリーナが眠りについている百年の間、世界がどう進んでいくかはわからない。
アデリーナの望んだ優しい世界になっていればいいが、それこそ今回の事件のように人間と妖精が互いに滅ぼし合うような、悲しい世界になってしまう可能性だってある。
……今ならまだ、取り返しがつく。
人間側の事情も、妖精側の事情も十分に理解している俺だからこそ、できることもあるはずだ。
「アデリーナの夢を途絶えさせたくはない。百年後に彼女が目覚めた時、彼女が夢見たような世界にしていくのは、きっと俺にしかできないことだ」
俺の言葉に、皆が黙り込み静寂が場を包んだ。
そんな沈黙を破ったのは、コンラートの渾身の叫びだった。
「馬っっっ鹿じゃねーの!?」
コンラートはいきなり俺の胸倉を掴むと、勢いよくまくしたててきたのだ。
「何かっこつけてんだよ! 妃殿下のことが好きなら、全部捨ててでも最後まで傍にいてやれよ!! この根性なしが!!」
「馬鹿、やめろって!!」
慌てたようにゴードンが羽交い絞めにするが、コンラートは止まらなかった。
「あんた、あんだけ妃殿下のことが好きだったのに! いつもみたいにわがまま放題言えばいいのに……なんで、なんでこんな時だけ、物分かりがいいような顔して……」
ぴたりと動きを止めたコンラートが、ずるずると床に座り込む。
「妃殿下を失って抜け殻みたいになった王子の姿なんて、見たくないんですよ……」
すすり泣くような声で、コンラートはそう告げた。
「…………すまない」
俺にはそう言うことしかできなかった。
アデリーナの夢を守りたい。
そのために、もう二度と会えなくても俺はこの時間を生きていく。
だが、アデリーナを失って俺はいつまでも正気でいられるのだろうか……?
そんな不安が、頭をよぎった時だった。
「諦めるのはまだ早いんじゃないですか、王子様?」
不意に響いた声に、俺たちは一斉に声の方へと振り返る。
優雅な足取りで、一歩一歩こちらへ近づいてくる女性。
内側から強い輝きを放つ、その姿は一目見ただけで視線を奪われるような美しさだ。
かつて、俺は彼女のことを運命の相手だと思い込んでいた。
だが今は、この場に現れた救いの女神のように思える。
「エラ……」
現れた女性――アデリーナの義妹であるエラは、俺たちの下へたどり着くと優雅に一礼してみせる。
その隣には彼女の恋人でもある、(アデリーナが頑なに不審者扱いする)魔法使いの姿もある。
「勝手ながら話は聞かせていただきました。アデリーナは妖精の女王様の呪いを受け、百年の長い眠りについている……そういうわけですね?」
「あぁ、その通りだ……」
この場でなじられることも覚悟していた。
俺はエラに大口を叩いてアデリーナを本物の妃にしたのに、彼女を守ることができなかった。
エラからすれば、愛する姉の仇も同然なのだ。
だが、エラは欠片も怒りの感情を見せなかった。
それどころか、何の心配もないとでもいうように笑ってみせたのだ。
「そんなに暗い顔をしないでください、王子様。大丈夫、あなたが信じれば、アデリーナは目覚めます」
「何を言って……」
「眠りについたお姫様を目覚めさせるのは、愛する王子様の口づけ。おとぎ話では、いつもそう決まっているでしょう?」
「…………は?」
あまりにも突拍子のない言葉に、俺は驚いてしまった。
「……正気か? 妖精女王の呪いだぞ。そんな簡単に解けるわけが――」
「魔法というものは想いの力の結晶体です。あなたが信じれば、奇跡は起こる。あなたの愛は、必ずアデリーナを目覚めさせることができる」
エラは視線を落とし、そっと眠るアデリーナの髪を撫でた。
「王子様、ご存じでしたか? アデリーナってこう見えて、とってもロマンチックな性格なんです。皆が大人になるにつれて忘れていくおとぎ話を、今も信じ切っているような……」
エラの声色からは、義姉に対する深い愛情が感じ取れた。
「アデリーナはあなたを信じている、いつか王子様が迎えに来て、真実の愛のキスで目覚めさせてくれると信じている。だから、大丈夫なんです」
彼女は真っすぐに俺を見据え、はっきりと告げた。
「自信を持ってください。あなたは、どんな呪いよりも強い魔法を使える」
……不思議だ、彼女にそう言われると、まるでその言葉が真実のように、今ならばアデリーナを目覚めさせることができるような気がしてくる。
エラが道を開け、俺は寝台で眠るアデリーナの傍らに屈みこんだ。