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28 どうか、思い留まって

「……ロビン?」


 呼びかけても、反応はない。そっと触れたその体からは、生命の脈動は感じられなかった。

 温かくてすべすべしたロビンの肌から、どんどんとぬくもりが消えていく。

 そう気づいた瞬間、ざっと全身の血の気が引いた。

 ロビンは、最後の力を振り絞って私たちを逃がそうとしてくれたのだ。


「あ、あぁ、ぁぁぁ……そんな、ロビン……!」


 弱虫で、怖がりで、とんでもなく泣き虫で……。

 彼は妖精なのだから、妖精女王の呪いにだって少しは耐えられたかもしれない。

 その翼で遠くへ逃げることもできたかもしれない。

 それなのに……、彼は最後まで私たちと運命を共にすることを選んだ……ううん、自分を犠牲にしてまで、私たちを生かそうとしたのだ。

 ロビンの守りはまだ続いている。

 彼の命が尽きても、その意志が消えることはないとでもいうように。

 呆然とする私の肩に、王子の手のひらが触れた。


「……行こう、アデリーナ」


 その言葉に信じられない思いで顔を上げると、悔しげに唇を噛みしめる王子と視線が合う。


「ロビンがくれた時間を、命を、無駄にしてはいけない」


 無理に抑えた声は、何故か慟哭のようにも聞こえた。

 ……そうですよね。ロビンがやって来てからずっと、私たちは家族のように一緒にいた。

 ロビンがいたからこそ、ピンチを切り抜けられたこともあった。

 これからもずっと、一緒だと思っていた。

 そう思っていたのは私だけじゃない。王子も同じはずだ。

 でも、彼は悲しみを押し殺して前に進もうと、今のこの場を切り抜けようとしている。

 ロビンの覚悟を、無駄にしないために。

 ……だったら私も、行かなくては。

 すっと頭がクリアになり、どうすればいいのか、どうしなければならないのかがわかった。

 この国を、大好きな人たちを守るために、私は何をするべきなのか。


「アデリーナ……?」


 じっと妖精女王の姿を見据える私に、王子が訝し気に声をかけてくる。


「……王子」


 たとえ一年に満たない月日でも、私はあなたの妃で幸せでした。

 今までに見たことのないような世界に来て、たくさんの愛情を貰って、本当に夢みたいだった。

 ずっと取るに足らない存在だと思っていた自分のことを、好きになることができた。

 ……だから、これでいいんです。

 この一年で、きっと普通に生きていたら百年かかっても受け取りきれないほど幸せを手に入れられたのですから。

 だから、最後まであなたが誇りに思えるような「アデリーナ」でいさせてくださいね?

 愛する王子を追って陸に上がった人魚姫は、その恋が叶うことなく命を散らした。

 果たして、彼女は不幸だったのだろうか。

 ……いいえ、私はそう思わない。

 ほんの数日だけでも大好きな人の傍にいられて、彼の下へ幸せを運ぶことができたのだから。

 きっと、彼女は満足していたはずだ。


「アデリーナ、早く避難を――」


 私の腕を引こうとする王子を、私は制した。

 そして、彼に向かって微笑んでみせる。

 だって最後くらいは、怒ったり泣いたりしている顔じゃなくて、優しい笑顔を覚えていてほしいから。


「……ずっと、大好きですよ。私だけの王子様」


 そのまま、少しだけ背伸びして唇を重ねる。

 ブライアローズ様のように百年も眠らせることはできないけど、少しの時間だけ彼の動きを奪う魔法のキス。


「アデ、リーナ……何を……」


 がくりと膝をついた王子が、必死に眠気に抗うようにそう口にする。

 ……大丈夫、すぐに終わりますから。


「あなたも、あなたの国も、私が守ってみせます」


 それだけ言って、私は名残惜しさを振り払うように走り出した。


「待て、アデリーナ……! 行くなっ……!」


 王子の必死な声に、後ろ髪を引かれそうになる。 

 それでも、私は呪いの中心――ブライアローズ様の下へと走った。

 王子はロビンが守ってくれている。

 だから私は、大地を蝕むこの呪いをなんとかしないと……!


「……ブライアローズ様」


 呪いの元凶であるブライアローズ様の周囲は、酷い有様となっていた。

 美しかった自然は腐り、枯れ落ち、鮮やかな色を失った死の世界と化している。

 その中心で、ブライアローズ様は慟哭を上げて呪いを振りまき続けていた。

 近づくにつれ、呪いは強くなっていく。

 体が重く、息が苦しい。

 ロビンの守りがなければ、とてもここまでもたなかっただろう。

 それでも、一歩一歩足を進めて、私はブライアローズ様の目の前までたどり着いた。


「……ブライアローズ様」


 呼びかけても、彼女は応えない。

 きっと彼女は、深い悲しみの世界にいるのだろう。

 最愛の娘を失い、今度はずっと祝福を与え、守って来た人間に刃を向けられ……どれだけつらかったことだろう。

 私はそっと、妖精女王の体を抱きしめた。


「うくっ……!」


 その途端、彼女の放つ呪いが、負の感情がダイレクトに伝わってくる。

 痛い、痛い。身も心もばらばらに砕け散りそうなくらいに。

 それでも、私は彼女を離さなかった。

 彼女の振りまく呪いを、すべてこの身に受けきる。

 うまくいく保証なんてどこにもないけど、そうしなければ私の大切な人を、場所を、守れない。


「あなたの悲しみも、つらさもわかります……だから……全部、私にぶつけてくださいっ……!」


 どうか、これ以上無関係な人たちを傷つけないで。

 世の中にはひどい考えを持った人間もいる。

 でも、それ以上に……素晴らしい人間だってたくさんいるのですから。

 そんな人たちを傷つけてしまったら、きっといつか後悔する。

 ディアーネさんを始めとする春の妖精たちは、皆ブライアローズ様を慕っていた。

 冬の妖精王であるユール様も、ブライアローズ様を「誰よりも優しい妖精」だと評していた。

 だから、本当はブライアローズ様だってこんなことはしたくないはずだ。

 どうか、思い留まってください……。

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