27 妖精女王の怒り
「間違いない! 春の妖精女王だ!」
「早く捕らえろ!」
「何としてでも持ち帰り、皇帝陛下に献上を――」
顔を上げた先にいたのは、いつぞやに私を襲撃してきた黒ローブの集団だった。
取り逃がした者もいると聞いてはいたけど、また私たちを狙ってくるなんて……!
「人間が……よくも……!」
ブライアローズ様は怒りをあらわにした形相で、黒ローブの集団を睨みつけている。
それに怯んだのか、彼らは再びこちらへ弓を向けたのだ。
「くっ……油断するな! 相手は妖精の親玉だ!」
「殺さなければ何とでもなる! もっと弱らせろ!!」
いくつもの鏃が、傷つけようとする意志がこちらへ向けられているのがわかった。
「やめてっ!」
「アデリーナ!」
一斉に矢が射出されると同時に、王子が押し倒すように私に飛びついてきた。
王子が庇ってくれたおかげで、私は矢にあたらずに済んだ。
だが――。
「くっ、うぅぅぅ……」
苦し気なうめき声に視線をやれば、ブライアローズ様がゆらりと立ち上がったのがわかった。
彼女の体には、何本もの矢が刺さっている。
それでも、彼女は立ち上がった。
まるで手負いの獣のように、燃え立つ殺気をほとばしらせながら。
襲撃者たちは一瞬怯んだような表情を見せたが、すぐに次の矢を放とうとした。
だが――。
「痴れ者が。枯れ果てよ」
ぞっとするような冷たい声色で、ブライアローズ様が吐き捨てる。
その途端、地面から無数の蔓が伸び、手前にいた襲撃者たちを絡めとる。
「ぐっ!?」
「ち、力が……」
「なんだこれは……!」
襲撃者たちは数秒間もがいていたが、すぐにだらりと力が抜けたように動かなくなった。
「ば、化け物だ!」
襲撃者たちはいよいよ統率が取れなくなったようだ。
必死に逃げ出す者、腰を抜かして固まる者、狂ったように矢を放ち続ける者……。
妖精女王はそんな者たちを冷たい視線で一瞥し、言い放つ。
「礼儀をわきまえぬ人間ども……やはり、許してはおけぬ。ここで根絶やしにしてくれるわ……!」
まるで彼女の心に共鳴するかのように、空に暗雲が渦巻いていく。
それと同時に、大地にも異変が起こった。
「え……」
私の足元の草が、しおしおとみるみるうちに萎れていく。
それだけじゃない。
あたりの木立も、離宮の庭園も、遠くに見える私の大好きな牧場も……すべての緑が、どんどんと枯れていくのだ。
「そんな、嘘……」
私の愛した景色が、場所が……あっという間に死の大地へと変わっていく。
「やめてください! ブライアローズ様!!」
必死にそう叫んだけど、通じなかった。
きっと、最後の一線を越えてしまったのだ。
人間を、妖精を守り続けた長としての彼女の理性を……襲撃者たちの凶行により、怒りの、悲しみの、憎しみの衝動が超えてしまったのだろう。
衝動のまま暴れ続ける獣のような、願いも希望もむなしく打ち砕いていく天災のような。
今のブライアローズ様は、そんな存在になってしまった。
すべての生あるものに慈愛の祝福を与える女王は、大地を枯らしすべての生命を死へと導く呪いの女王へと変化したのだ。
それでも私は足を踏み出していた。
大好きな場所を、人たちを守りたかったから。
でも――。
「うぐっ……」
「アデリーナ!」
一歩動いた途端に、全身から力が抜けてその場に崩れ落ちてしまう。
力が入らない、息が苦しい。思考すらも、一瞬のうちに絶望に飲まれてしまう。
これが、妖精王の怒り……。
「まずいな……影響が広がっている……」
私の視線の先で、どんどんと枯化は広がっていく。
いつも王子と散歩する離宮の美しい庭園も、姉さんを出し抜くために彷徨った生け垣の迷路も、私が日々丹精を込めてお世話している畑も……きっと、もうすべてが枯れ果てているだろう。
ペコリーナは、離宮の皆は無事だろうか。逃げていてくれるといいのだけれど……。
でも、心配すべきことはそれだけじゃない。このスピードだと、すぐに王宮の外にも影響が及んでしまうだろう。
春の妖精女王の怒りを買い、この国が、この世界が、植物の死に絶えた不毛の大地へとなり果ててしまう。
……そんなのは嫌だ。でも、私に何ができるというの?
「アデリーナ、今はとにかく避難が先だ……。なんとか、ここを離れ……」
「王子……!」
私を連れてこの場を離れようとした王子も、苦しそうに胸を押さえて地面に膝をついてしまう。
その表情は今までに見たことがないほど苦しそうで、思わず心臓が凍るような心地がした。
「王子、王子……!」
「すまない、アデリーナ……。せめて君だけでも、逃がせたら……」
こんな時なのに、自分よりも私の心配をするなんて。
私なんかよりも、あなたの方がずっとかけがえのない存在なのに……!
王子が力の入らない腕で私を抱き寄せようとする。
私も必死に腕を伸ばし、彼に触れた。
たとえもうだめだとしても、せめて最期の最期まで彼の温度を感じていたかった。
だが、そんな風に諦めかけた時――。
「うううぅぅぅぅ……ほあーっ!」
場違いなほど明るい掛け声とともに、急に体が軽くなる。
見れば、私の肩にしがみついたままぐったりしていたロビンが、必死に私たちを妖精女王の力から守ってくれていた。
「ほら、見てください二人とも! 僕だってやればできるんですからね! だから――」
ロビンはへにゃりと笑って告げた。
「だから、早く逃げてくださいね。……これで、少しは恩返し……できたかな…………」
私が言葉を発する前にロビンは私のてのひらの上にぽとりと落ちてきた。