20 お妃様、星に願いをかける
いったいいつ、愛人さんを紹介してくださるのかとドキドキしていたけど、王子はいっこうにその話を持ち出そうとはしなかった。
「これは美味いな! なんという料理だ?」
「アヒージョといいます。もともとは西の海洋国の郷土料理でして、大衆酒場などで提供されることが多いようです」
「そうか……! リリアーナは博識だな」
いやいや、アヒージョに舌鼓を打っている場合じゃないですよ。
……お褒めいただいたのはすごく嬉しいですけどね!
狩りたてほやほやの新鮮なキノコに、私が離宮の畑で育てているハーブで味付けをしてみた自慢の一品だ。
ビバ自産自消!
でも、どうせなら愛人さんも招待なさればいいのに。私はその程度で怒るほど、狭量ではないと自負しているのですが……。
王子の方からも、何となくちらちらとこちらの様子を伺っている気配は感じるんだよね。
さぁ、カミングアウトをどうぞ!……という空気を私が醸し出しても、何故かためらっていらっしゃるご様子。
そんなこんなで……愛人さんの紹介がないままに滞在最終日を迎えてしまった。
だが、ここでやっと進展が。
王子が、「二人で湖畔を散策しないか?」と私を誘われたのです!
おぉ、これは秘密の話があるに違いない……!
なんてワクワクしながら湖畔を歩いているのに……何故か、いつまでたっても王子はその話を切り出す気配はない。
夜の湖畔は、昼間と違ってどこまでも静かだ。
ぽつぽつと、とりとめのない話を続けながら、王子は湖にせり出した桟橋へと向かっていく。
「小舟があるんだ。一緒に乗ろう」
なるほど。彼の言うとおり、桟橋には小さな木でできた船が付けてある。
まさか、これは……誰にも聞かれないところまで行ってからの、カミングアウトですね!?
さすがは王子。私の想像以上に用心深い策士ですね。
大丈夫、私の心の準備はばっちりですから!
……なーんてドキドキしながら小舟に足を踏み出すと、思ったよりも揺れてバランスを崩しかけてしまった。
「ひゃっ」
「大丈夫か!?」
間一髪、王子が支えてくださったので無様に湖に転落するような事態は避けられた。
……あー、びっくりした。驚きすぎて心臓がバクバク音を立てている。
「水面は風の影響を受けやすいからな。気を付けた方がいい」
「あ、ありがとうございます……」
うぅ、恥ずかしい……。
ここが暗くてよかった。もしも明るければ、羞恥に顔が赤くなっているのがバレてしまうから。
王子の手を借りて、何とか無事に小舟に腰を下ろす。
そうしてゆっくりと、私たちは湖へと漕ぎ出した。
吹き抜ける涼しい風に、ゆらゆらと揺れる感覚。
櫂を漕ぐたびにちゃぷんと聞こえる水音が心地いい。
……そろそろ湖の中央だ。さすがにここまで来たら、誰にも聞かれないんじゃないですかね?
私は王子が愛人の話を切り出すのを今か今かと待っていたが、王子は何故か全然関係のないことを言い出した。
「上を見てくれ」
いったい何でしょう、と思いながらも素直に上を向く。
そこに現れた光景に、私は思わず歓声を上げてしまった。
上空には、満天の星空が広がっていた。
よく見れば湖面にも無数の星が反射していて、見たことのないほど美しい光景だ。
「こんなに綺麗な星空が見られることは滅多にないんだ。……君と、一緒に見られてよかった」
「とても綺麗ですね。ありがとうございます、王子!」
素直にそうお礼を言うと、王子は嬉しそうに笑う。
もしかして、私をここに連れて来てくれたのって、愛人さんに紹介するためではなく……純粋に、最近お疲れだった私に王子なりのプレゼントをくださったのかもしれない。
私は好意的にそう解釈しておくことにした。
その程度は、王子も私のことを気にかけてくださるようになったのだろう。
ふふふ、贈り物作戦が功を奏しているようで何よりですね……!
にまにまとほくそ笑んでいると、頭上でキラリと星が光った。
「あ、流れ星!」
ちょうど流星群の時期なのか、夜空にはいくつもの流れ星が流れていく。
そういえば、前に本で読んだっけ……。
「ご存じですか王子。流れ星が消える前に三回願えば、願い事が叶うそうです」
「そうなのか……なら、願っておくか」
私の願いは……もちろん円満離婚&たっぷりの慰謝料&隠居スローライフ!
夢は大きく持たなきゃね!
慰謝料慰謝料慰謝料!……と必死になる私の横で、王子もじっと流れ星を見つめて何か願っているようだった。
……何もかも簡単に手にできるように見える王子にも、星に縋りたくなるような願いがあるのでしょうか。
愛人候補の女性がいたとしても……案外、王子の片思いなのかもね。