23 寄生
その日の夜、俺は「二人で話したいことがある」とアデリーナをひとけのない城の一角へと連れて行った。
アデリーナは特に疑うこともなくついて来てくれたが、そこで待ち構えるダンフォースとゴードンとロビン、それにディアーネを見て驚いたように目を丸くする。
「あれ、ディアーネさん? どうしてここに? 王子……まさか浮気ですか?」
「そんなわけないだろう! しっかりしてくれ、アデリーナ」
すっとぼけたことを言うアデリーナに、俺は泣きたいような気分になった。
……どんどんと、アデリーナはおかしくなっている。
思い上がりかもしれないが、俺はアデリーナに愛されている。はずだ。
普段の彼女なら、こんな風に軽く「浮気ですか?」と聞いてきたりはしない。
「王子の傍に女性の影が! やっぱり、私なんかよりもよっぽどお妃様にふさわしい御方が……」と一人で悩み、どんどんと見当違いの方向へ進んでいくのがアデリーナという人間だ。
その面倒な部分がまたたまらなく可愛くもあるのだが……とにかく、一刻も早くアデリーナを元に戻さなくては。
「ディアーネ、確認してくれ」
「承知した」
俺の言葉に頷いたディアーネは、アデリーナの目の前まで進み出るとじっと何かを探るように凝視している。
アデリーナはそんなディアーネの態度に、きょとんと首をかしげている。
「……なるほど」
何かに納得したようにそう呟いたディアーネが、アデリーナの頭上に手をかざす。
次の瞬間、俺は己の目を疑った。
「…………は?」
ディアーネが手をかざした先――アデリーナの可愛らしいつむじの辺りに……なぜか、色鮮やかな花が咲いているのだ。
まるでアデリーナ自身が植木鉢になってしまったかのように、謎の花は場違いに咲き誇っている。
「ア、アデリーナさまぁ!?」
「うわー、なんすかこれ」
「本物の花、ではないでしょうね……」
驚く周囲の反応に、アデリーナは不安そうにそわそわし始めてしまった。
「あ、あの……?」
「これが、アデリーナの精神に異変をきたす原因だ。おそらく寄生型マンドラゴラだろう」
「元に戻すにはどうすればいい!?」
「あの花を取り除いてやればいいが……って待て!」
ディアーネは慌てたように止めたが、その前に俺は怒りのままにアデリーナの頭上に生える花を引っこ抜いていた。
茎の下――本来なら根のある部分についていたのは、奇妙な形のラディッシュのような、薄桃色の物体だ。
しかも、よく見るとつぶらな目と口がついている。
もしかしなくてもこの花は……生き物なのか?
唖然とする俺と、その謎の生き物の視線が合う。
次の瞬間――。
『ぴぎゃああぁぁぁぁぁ!!!』
夜の静謐な空気を切り裂くような金切り声が響き渡り、鼓膜が破れそうになってしまう。
「くっ、なんだこれは……!」
「だから待てと言っただろう! 寄生型マンドラゴラは優しく扱わないとすぐに癇癪を起こすんだ!」
「そういうことは先に言え!!」
俺が手を離すと、マンドラゴラは短い脚でトテテ……とどこかへ走り去っていった。
「アデリーナ! 大丈夫か!?」
あんな変な生き物よりも今はアデリーナだ!
両手で耳を押さえてふらつくアデリーナを抱き寄せると、彼女はおずおずと顔を上げる。
「お、王子……?」
「済まないアデリーナ、もっと穏便な方法が取れれば良かったんだが……気分はどうだ?」
「耳がキィンとします……。それに、私はどうしてここに?」
アデリーナは戸惑いながら、きょろきょろと周囲を見回している。
そんな彼女の肩に優しく触れ、俺は真正面から問いかける。
「答えてくれ、アデリーナ。君は何のためにここへ来た?」
「え? それは妖精女王――ブライアローズ様と交渉して郷を開いてもらうためですけど――」
「アデリーナ!」
歓喜のあまり、俺は強くアデリーナを抱きしめた。
「お、王子!? 皆が見てますよぉ……」
頬を染めながら恥じらう様子のなんと愛らしいことか。
やはり。これこそが俺の愛するアデリーナだ。
「おい、悠長にしている時間はないぞ。おそらくは先ほどの叫び声で女王にも感づかれたはずだ。すぐにでも女王の手の者が――」
ディアーネが慌てたようにそう言った途端、遠くからバタバタと大勢の足音が聞こえてきた。
「ちっ、もう来やがったか」
「思った以上に指揮系統が確立されているようですね」
ゴードンとダンフォースが即座に剣を構え、その剣呑な雰囲気にアデリーナはびくりと身を竦ませる。
「……王子、俺たちが追っ手を食い止めるので王子は妃殿下を連れて――」
「駄目です!」
ダンフォースと共に追っ手を食い止めようとしたゴードンを真っ先に止めたのはアデリーナだ。
「よくわからないけど……ここから逃げないといけないんですよね? それなら、逃げるのは皆一緒にです」
「ですが妃殿下、なんとかして追っ手を足止めしないと、皆捕まって終わりです」
「それなら――」
顔を上げたアデリーナが口にした言葉に、俺は思わず感心してしまった。