22 こんなことは望んでいないはず
「……なに? 妖精女王がアデリーナに?」
「その可能性は高い。明らかに、ここ数日のアデリーナの様子がおかしいんだ」
俺が相談を持ち掛けたのは、俺たちをここまで連れてきた妖精の女性――ディアーネだった。
妖精女王の耳に入らないようにダンフォースとゴードンに見張りを頼み、俺は彼女に向き合った。
彼女は妖精女王の配下だ。普通に考えれば、こんなことを頼む相手ではないのだが……。
「アデリーナは君を信用してここまで来たんだ。君だって、アデリーナの想いを聞いているだろう」
――「……ペコリーナが懐くなら、悪い方ではなさそうですね」
アデリーナは彼女を信頼していた。それに……彼女は俺のアデリーナを想う気持ちを汲んで、女王の意志に反してまで俺たちを同行させてくれたのだ。
付き合いは短いが、腹を割って話ができるはずだ。
「君は、アデリーナがここへ来た本当の目的を知っているか」
そう問いかけると、ディアーネは少し逡巡した様子を見せた後……静かに頷いた。
「……アデリーナは、妖精女王に郷を開いてほしいと交渉すると言っていた。それで、終わらない冬に凍える者たちを救いたいのだと」
「あぁ、その通りだ。だが、今のアデリーナはその目的を忘れている。いや……おそらくは忘れさせられている。アデリーナは浮かれているからと言って、大切なことを簡単に忘れたりはしない。今も苦しむ人々のことを、忘れるような人間じゃないんだ」
俺が心配になるほど、アデリーナは常冬現象に苦しむ人々の存在に心を痛めていた。
それが、本来のアデリーナだ。
心優しく、慈愛に満ち溢れた女性――彼女にひどいことをした俺や彼女の姉、異国の王女のことも簡単に許してしまえるような。
そんな、天使のような存在だったのに。
「……俺は恐ろしいんだ。このままでは、アデリーナがアデリーナではない何かになってしまいそうで……」
先ほど目にしたばかりの、場違いにはしゃいだ笑顔が蘇る。
違う、やはり何かが違う。
このままでは、本当にアデリーナがおかしくなってしまう……!
「頼む、ディアーネ。君の立場上妖精女王に歯向かうような真似が許されないのもわかっている。だが、どうか……アデリーナを救ってくれ……!」
万感の思いを込めて、俺はそう頼み込んだ。
ここは妖精女王の支配する領域。ディアーネという最後の希望を失ったら、それこそ俺は永遠に俺の愛するアデリーナを失ってしまうかもしれない……!
ディアーネはしばらくの間、何も言わずに俯いていた。
だが、焦れた俺が返答を迫ろうとした瞬間――。
「わかった」
彼女は、はっきりとそう言った。
「……アデリーナが変わってしまうのは、私も本意ではない。過ごした時間は短いが、私は馬鹿みたいに人がいいアデリーナを好ましく思っている。それに――」
彼女はそこで一度言葉を切ると、少しだけ冷たい目でぽつりと呟いた。
「今の女王なら、やりかねない。アデリーナを手元に置いておくために、何らかの措置を講じていることは十分に考えられる」
「やはりそうか。でも何故、女王はそこまでしてアデリーナを……」
「アデリーナは女王の失った愛娘に似ている。おそらくはアデリーナを手元に置いて、喪失感を埋めようとしているのだろう」
「ふざけるなよ……!」
思わず壁を殴った俺に、ディアーネは同情的な視線を向けた。
ただ少し似ているからと言って、アデリーナを亡くなった娘の代替品にしようとするなんて許せるわけがない。
相手が妖精王だろうが何だろうが関係ない。どんな手を使ってでも、アデリーナを取り戻してやる……!
「……アデリーナに会わせてくれ。女王の魔力は強力だが、何か手立てが見つかるかもしれない」
「助かる。……だが、その、俺がこんなことを言うのは変かもしれないが、君は大丈夫なのか? 君は女王の配下なのだろう」
頼み込んだ俺が言うのもなんだが、ディアーネは女王の意に逆らおうとしている。
ことが露見した時に、処罰を受けたり、もっとひどい目に遭う可能性もあるだろう。
そんな俺の言葉に、ディアーネは静かに首を横に振った。
「私はどうなろうと構わない。主君の暴走を止めるのも、配下の務めだろう。それに――」
「それに?」
「ユーリディスも、こんなことは望んでいないはずだ」
そう口にした彼女の目には、はっきりとした決意の光が宿っていた。