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21 王子様、お妃様の異変に気づく 

 春の妖精の郷にやって来て数日、俺たちはまだここに滞在していた。

 アデリーナは粘り強く妖精女王と交渉を続けてくれているようだ。

 門前払いされることも予期していたので、妖精女王が多少なりともこちらの話を聞いてくれているのは嬉しい誤算と言えるのかもしれない。

 だが……どうにも、アデリーナの様子がおかしいように感じられてならないのだ。


「王子殿下、こちらのハニーナッツはいかがですか? お酒にもよく合うんですよ」


 今も、アデリーナは嬉しそうに妖精の郷の菓子を俺に勧めてくる。

 その姿はなんとも愛らしいのだが……やはりどこか不自然だ。

 俺たちは覚悟と緊張感を持ってこの場所へやって来た。

 ここへ来た当初は、アデリーナももっといろいろ警戒していたはずだ。

 思った以上に妖精女王が友好的で、肩の力が抜けたのかもしれないが……どうにもおかしい。

 目の前のアデリーナと、俺の良く知るアデリーナはやはり何か違うような気がするのだ。


「アデリーナ、今日も妖精女王の所へ行くのか?」

「はい! 今日はブライアローズ様が秘密の森を案内してくださるそうです。どんな場所なのかとっても楽しみで……」

「……女王の様子はどうだ。こちらの要求を飲む可能性は?」


 そう問いかけると、アデリーナはきょとん……と目を瞬かせた後、やっと合点がいったとでもいうように大げさな反応を見せた。


「あぁ、この郷を開くかどうかって話ですか? うーん、それはちょっとよくわからないですね……」


 まるで他人事のような言い方に、俺は呆気に取られてしまった。

 ……本当に、アデリーナはどうしてしまったんだ。


 そもそも妖精女王を説得するためにこの郷へ来るというのも、アデリーナから言い出したことだ。

 彼女は《奇跡の国》の王太子妃として、常冬に苦しむ人々を救うためにここへやって来た。

 あの時の真剣な表情を、言葉を俺ははっきりと覚えている。

 なのに、今のアデリーナは違う。

 まるで、俺の知らないアデリーナになってしまったかのように……。


「姫様ー! 女王様がお呼びでーす!」

「ありがとう、今行くわ」


 通りがかった小さな妖精に呼ばれ、アデリーナは自然にそう返事を返していた。

 その光景を見て、俺はぞっとした。

 底知れない焦燥感が背筋を這い上がり、落ち着かなくなってしまう。


「待て、アデリーナ。姫様とは何だ」

「うーん、よくわからないけどここの妖精さんがたまに私をそう呼ぶんですよね。でも、可愛いからOKです!」

「いやOKじゃないだろう」


 何でもないことのようにそう言って立ち上がろうとしたアデリーナを、俺は慌てて引き止めた。


「しっかりしてくれ、アデリーナ! 君は何をしにここへ来た? 俺に言ったことを忘れたのか!?」


 そう問いただすと、アデリーナは不思議そうな顔をして首をかしげる。

 そして、とんでもないことを言ってのけた。


「故郷の様子が心配ですか? あそこはまだ冬に飲み込まれる危険は薄いと思いますけど……気になるのなら、先に帰っていただいて構いませんよ?」

「なっ……!」

「それじゃあ、私はブライアローズ様に呼ばれているので行ってきますね!」


 嬉しそうに手を振って、アデリーナは呆然とする俺の前から去っていった。

 慌てて追いかけようとする俺を引き止めたのは、先ほどから近くに控えていたゴードンだ。


「……王子、お気持ちはわかりますがまずは状況を確認した方がよいかと」

「何を悠長なことを言っている!? 明らかにアデリーナはおかしいだろう!」

「だからですよ。俺たちが何か大きな行動を起こせば、それを理由に妖精女王が俺たちを排除しようとしてもおかしくはない。幸い、妃殿下はまだ俺たちの手が届く距離にいるんです。むやみやたらに暴走するよりも、しっかりと対策を立てて行動した方がいいんじゃないっすか?」


 ゴードンに冷静にそう言われ、俺も少し落ち着いた。

 ……そうだ。ここ数日、アデリーナは毎日妖精女王の下へと赴いている。

 彼女の変化には、明らかに妖精女王が関係しているだろう。

 今のところ、女王は俺たちのことも客人として扱っている。

 ゴードンの言う通り、ことを起こすならまずは状況をしっかりと見定めてからの方がいいだろう。


「……すまない、助かった。まさかお前に諭されるとは思わなかった。変なところがコンラートに似ているな」

「まぁ、あいつならこんな時なんて言うかな……って考えて言ってみました。あいつがいない分、俺が王子の暴走を止めますんで!」


 自信ありげに胸を張ったゴードンに、俺は頷いてみせた。

 すると、ダンフォースと共にやって来たロビンがおずおずと口を開く。


「あの、王子……僕、ちょっと変なことに気が付いたんですけど……」

「なんでもいい、言ってくれ」

「さっき、アデリーナさまからちょっと変わった魔力を感じたんですよね。アデリーナさま本来の魔力と近いんですけど、なんか違うような……」


 ロビンが自信なさげに発した言葉に、俺は思考を巡らせた。

 アデリーナの魔力と近いが、どこか違う魔力を感じるということは――。


「……妖精女王が、アデリーナに何かしたんだろうな」


 アデリーナは春の妖精の血を引いている……らしい。

 その春の妖精たちを統括する妖精女王であれば、似たような魔力を持っていてもおかしくはないだろう。


「ロビン、アデリーナにかけられたであろう魔法を打ち消したり弱めたりすることはできないか?」

「そんなの無理ですよぉ! 相手は妖精王ですし僕なんかじゃ太刀打ちできないです。それに春の妖精の魔力はなんというか、僕のとは違っているから視えにくいんです」


 ……魔法使いではない俺にはいまいちわからないが、妖精の種類による魔力の性質の違いというのは、人間でいう文字や言語の違いのようなものなのかもしれない。

 となると、俺たちが頼るべきなのは――。

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