19 ゆっくりお茶でも飲みましょう
「……アデリーナ。女王がお呼びだ。ゆっくり話をしたいと」
翌日、やって来たディアーネさんは開口一番にそう告げた。
いよいよ、交渉のターンですね……。
「俺も同席する」
「いや、女王が呼んでいるのはアデリーナだけだ。他の者は同席させられない」
王子はすぐに自分も同席すると主張したが、ディアーネさんにすげなく却下されていた。
それでも食って掛かろうとする王子を、私は慌てて押しとどめる。
「王子、私は一人でも大丈夫です」
「だが、君にもしものことがあったら――」
「大丈夫です、王子。……どうか私を信じてください」
真っすぐに見つめそう告げると、彼は表情を歪める。
「アデリーナ……」
「ここで女王の機嫌を損ねたくないんです。危なくなったらすぐに撤退しますから、どうかご許可を」
粘り強くそう言う私を援護してくれたのは、意外なことに王子の護衛であるゴードン卿だった。
「いいじゃないですか、王子。妃殿下もそう仰っていることだし、ここは妃殿下に任せてみては?」
「お前はよく軽々しくそんなことが言えるな……。アデリーナに何かあったらお前の首を跳ねてやろうか」
「うわっ、いきなり暴君みたいなこと言うのやめてくださいよ。妃殿下だって、軽い気持ちで仰ってるわけじゃないし。だったら、夫として妻の気持ちを尊重してあげることも必要なんじゃないですか~?」
「ぐぬぬ……」
茶化したような言葉だけど、ゴードン卿が私を応援してくれているのはわかる。
「王子、妃殿下は芯の強い御方です。あなたを救うために、猛吹雪の雪原へと飛び出すくらいに。もしもの時は壁でも何でも破壊して妃殿下をお救いに行けばいいのです」
胸を張ってそう告げたのはダンフォース卿だ。
……ありがとう、ダンフォース卿。
あなたはいつも私の心強い理解者でいてくれる。でも、お城の壁を破壊するのはいろいろと問題があるから最終手段にしてくださいね。
「約束します、王子。必ずあなたの下へ帰ってくると」
「アデリーナ……」
見つめ合う私たちの真横で、ディアーネさんは呆れたように大きなため息を零すな。
「……おい、そう心配しなくても女王はいきなりアデリーナを取って食ったりはしない。仮にも妖精女王相手に猛獣扱いはどうかと思う」
「わわっ、すみません!」
慎重になりすぎるあまり、ちょっと大げさになってしまいましたね……。
ディアーネさんからすれば、自分たちの主に会うだけでまるで今世の別れのようなやり取りをする私たちは、きっとものすごく奇異に見えたことでしょう。
今までお会いした妖精王だって、強大な力を持っていたけどとても優しい御方だった。
春の妖精女王だって、真摯に話せばきっと伝わるはず……!
「……わかった。ただし、俺たちはすぐ近くで待機させてもらう。問題はないな?」
「それは別に問題はない」
「よし、ゴードン。壁を破壊する用のハンマーを用意しておけ」
「承知しました、王子」
「ちょっ、なんでそんなの持ってるんですか!?」
ほらぁ、またディアーネさんの視線が冷たくなったじゃないですか!
なんとか王子たちを諫め、私は彼らがしびれをきらして城を破壊する前に、慌てて妖精女王の下へと向かった。
招き入れられたのは、城の一角にある応接間のような場所だった。
「来てくれてありがとう。どうぞ席についてちょうだい」
既にその場で待機していた妖精女王は、立ち上がって私に席を勧めてくれた。
その顔には穏やかな笑みが浮かんでいて、まさに「慈愛の妖精女王」という言葉がぴったりだった。
……よかった。今日はうまく話ができそうだ。
「お招きいただき感謝いたします、女王陛下」
「ブライアローズでいいわ。……今となってはあまり名前を呼んでくれる者はいないから、そう呼んでほしいの」
物憂げな表情で、彼女はそう告げる。
その言い方からいろいろなことを想像してしまって、私は素直に受け入れることにした。
「承知いたしました、ブライローズ様」
私がそう言うと、妖精女王――ブライアローズ様は嬉しそうに笑う。
「ふふ、ありがとう。まずはゆっくりお茶でも飲みましょう?」
彼女はそう言うと、手元にあったティーポットからお茶を注いでくれる。
うーん、フローラルな上質な香りが漂う格式高そうなお茶だ。
妖精女王が手づから淹れてくれたものだし、いろいろとご利益がありそう……。
そんな俗っぽいことを考えながら、私は勧められるままにお茶を口にした。
……すごい。一口飲んだだけで、まるで満開の花畑にいるような爽やかな気分になれる。
感心して目を見張る私を見て、ブライローズ様は純真な少女のように笑った。
「どう? おいしい? あなたのためにとっておきの朝摘みを用意したのだけれど」
「はい、今までに飲んだことがないほど……素晴らしい味わいです」
「あら、口が上手いのね!」
今日のブライアローズ様は、本当に機嫌がよさそうにころころと笑っている。
その様子を見て、私もほっとした。
「そうね、まずは……あなたの話が聞きたいわ」
不意にブライアローズ様が口にした言葉に、私はぱちくりと目を瞬かせた。
「私の話、ですか?」
「えぇ、もっとあなたのことを良く知りたいの。どこで生まれて、今までどうやって生きてきたのか……。私に、聞かせてもらえるかしら?」
彼女の申し出に、私は少し戸惑ってしまった。
……正直言って、私の半生なんて聞いてもそう面白くはないと思うのですが。
しいて言えば、王子の舞踏会をきっかけに始まったここ一年ほどの出来事は多少聞きごたえがあるかもしれない。
でも、まさか「駆け落ちした義妹の身代わりに結婚することになって、結婚当初は離宮に放置されて好き放題やってました!」なんて、言えるわけないんですよね……!
私は安全策を取って、無難な話をすることにした。
「……まず、私が生まれたのはとある男爵家――下位貴族の家で――」
吹けば飛ぶような男爵家の次女として生まれた私。
幼い頃から派手な美貌で目を引く姉の影に隠れ、冴えない人生を送っていた。
昔から姉の引き立て役として扱われていたから、今でもなかなかその感覚が抜けないんですよね。
今は、ちゃんと私自身を見てくれる人がいるのだから……もっと前向きにならねばと常々思ってはいるのですが。
染みついた感覚を変えるっていうのは、難しいんですよね……。
そのうちに、父が病気で亡くなり母は再婚。私たちは連れ子として母についていくことになった。
その相手が、エラの父親だった。
新しくできた義妹は、美しく、はつらつとして、非の打ちどころのない物語の主人公のような少女だった。
姉とはまた違ったタイプの義妹の登場で、地味な私の存在はますます霞んでいくのですが……
どこにいても輝くような存在感を放つ妹を羨ましく、愛おしくも感じていた。
私もエラも、魔法や未知の動物や異国の王子様が出てくるおとぎ話の絵本が大好きで、二人で何度も何度も読んだっけ。
懐かしいなぁ……。
エラの父が事故で亡くなってからも、私たちの関係は変わらなかった。
好き放題している母や姉を尻目に、二人で身を寄せ合って生きてきた。
大きな変化が訪れたのは、王子の妃選びの舞踏会が開かれてからだ。
まぁ、ここから先はとてもとても妖精女王に正直にお話しできるような話が少ないので割愛しますが……。
とにかく、私は今《奇跡の国》の王太子妃としてここにいる。
と、まぁとりあえず当たり障りのない範囲で今までの人生について話すと、ブライアローズ様は何故か瞳を潤ませていた。
あれ、私何かまずいこと言っちゃいました!?