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15 当たって砕けろの気持ちで!

 翌日、宿を出発した私たちが向かったのは街道を少し外れた森の中だ。

 ある程度進むと、ディアーネさんは馬車を止めるように言い、一人地面へと降り立った。


「今から、郷の近くへと繋がる道を開く」


 私はごくりとつばを飲み込み、その姿を見守る。

 ディアーネさんは森の奥を見据え、美しい構えで弓をつがえる。

 そして、一息に矢を放った。

 静謐な空気を切り裂くように、放たれた矢は少し離れた地面に突き刺さった。

 そして次の瞬間、緑色の光になって溶けたかと思うと……。


「わぁ……!」


 矢の刺さった場所から、ぐにゃりと草木が芽吹き始めたのだ。

 草木は驚くべきスピードで伸び、ぐるりとアーチのような形を描く。

 さらに驚くことには、そのアーチの中の空間が歪み始めたのだ。

 アーチの向こうは、深い霧が渦巻いているようだった。

 ……これが、春の妖精の郷へ繋がる道なのかな。


「すごいな。これも妖精の力か」

「コンラートが知ったらめちゃくちゃ羨ましがりそうっすね。『これを実用化すれば輸送費の削減に……!』とか」

「なるほど、検討の余地はあるな」


 なんとも夢のない感想を漏らす王子とゴードン卿に、ディアーネさんは少し呆れ気味の視線を向けている。


「……悪いが、道を開くのは今回が特別だ。邪な人間に悪用されるわけにはいかない」

「王子、邪って言われてますよ」

「いや、先に言い出したのはお前だろう」


 責任を擦り付け合う二人に、私は苦笑した。

 でも、確かにこんな近道が使えればいろいろと便利ですよね。


「ロビンはああいうのできるの?」

「うっ、やろうと思えばできないこともないですけどぉ……。うっかりものすごい高いところとか、海の中に繋がっても怒らないでくださいね……?」

「……やめておいた方がよさそうね」


 目を泳がせながら小声でそう言ったロビンに、私は何となく事情を察した。

 ディアーネさんは軽くやってのけたけど、かなりの高度技術のようですね……。


「とにかく、道は開いたのだから早く進め。異分子が入り込む危険性もあり、長くは開けていたくない」

「そうですね、行きましょう」


 せっかくディアーネさんが気を利かせてくれたのだから、いつまでもだらだらしているわけにはいきませんね。


「ダンフォース卿、お願いね」

「承知いたしました、アデリーナ様」


 手綱を操るダンフォース卿に合図すると、彼は再び馬車を進めた。

 そうして私たちは、長い間閉ざされていた「春の妖精の郷」へと足を踏み入れたのです。



 ディアーネさんが作り出した草木のアーチの向こうは、一面の白い霧に包まれていた。

 呼吸をするたびに、じとりと冷たく重い空気が喉に絡みつくようだ。

 ほんの少し先も見渡せないほどの深い霧。

 今はこうして皆がいるから平気だけど、もし一人でこんなところを彷徨う羽目になったら、早々に心が折れてしまうだろう。

 初めて夏の妖精王の郷を訪れた時も、ロビンの案内なしでは辿り着くことができなかった。

 ……妖精王はこうやって、外の世界から郷を守っているのだろう。


「……これは、女王が施した郷を守る術の一つだ。万が一外敵が郷を探しにやって来ても、霧にまかれたどり着くことは叶わない。命尽きるまで霧中を彷徨い、行き倒れるだけだ」

「わぁ……」


 さらりと恐ろしいことを口にするディアーネさんに、我々人間一行は黙り込んだ。


「……オベロン様なら森で迷った人間をこっそり人里に帰してくれるけど……ここは、そうじゃないんですね」


 ロビンがぽつりと呟いた言葉が、胸に重くのしかかる。

 ただ単に同族を守るという以上に、妖精女王は人間に対してを憎しみ持っているのは明白だ。

 ……それだけ、愛娘を亡くした心の傷が深かったのだろう。


「私がいる限り迷うことはないが、一度はぐれたら探し出すことは難しい。命が惜しければ私の傍を離れないでほしい」

「わ、わかりました……!」


 大真面目にそう言うディアーネさんに、私は必死に頷いた。

 がたごとと馬車は進み、やがてディアーネさんは手綱を握るダンフォース卿に止まるように言う。


「そろそろ、茨の壁に行き当たるころだ」

「茨の壁……?」


 そう問いかけた私の声に応えるように、ディアーネさんは手のひらを前方にかざす。

 彼女の手のひらに光が集まったかと思うと、ディアーネさんは息を吹きかけ光の粒を飛ばした。

 綿毛のように飛んでいった光の粒は、周囲を白く覆いつくす霧を晴らしていく。

 そして、その向こうに見えたのは――。


「うわ……」

「知らずに進んでいたら、大変なことになっていたな……」


 ゴードン卿と王子が苦々しげな呟きを漏らす。

 それもそのはずだ。

 先ほどまで霧に包まれていた私たちの進行方向には、侵入者を阻むように「茨の壁」が立ちふさがっていたのだから。

 するどい棘を持つ茨が絡まり、重なり合い、堅固な壁を作り出している。

 もしも気づかずに進んでしまったら、茨の棘に肌を刺され、絡みつく茨から逃げ出すことはできずに、最後は……。

 そんな想像が頭をよぎり、ぞっとしてしまう。


「……女王は、よっぽど外部の者を近づけたくないようだな」


 少しだけ険しい表情で、王子がそう口にする。

 確かに、この何重にも施された仕掛けを見ていると……たったそれだけで、彼女の憎悪や悲嘆が伝わってくるようで心が重くなる。

 私は再び郷を開いて、外の世界にも春を呼んでもらうように交渉しに来たのだけれど……なんだか、うまくいくヴィジョンが思い浮かびません。


「先へ進むが、構わないか?」


 私の曇った表情に気が付いたのか、ディアーネさんが心なしか気遣わしげにそう問いかけてきた。


「……はい、お願いします」


 そうだよね。最初から弱気になっていたら、きっと何も成せないままだ。

 当たって砕けろの気持ちで!

 いや実際に砕けちゃったら困るから砕けない程度に!

 とにかく、頑張らなくては。


「わかった、道を開こう」


 ディアーネさんが茨の壁に向かって手をかざす。

 すると、するすると茨の一本一本がほどけていき、私たちが通れるくらいの道ができたのだ。

 ……いよいよ、この先が春の妖精女王がいらっしゃる郷になるんだよね。


「……行きましょう」


 覚悟を決めて、私たちは先へと進んでいく。

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