14 隣に立つために
「……なるほど。やはり冬の妖精王が言っていたことは正しかったというわけか」
宿の個室へ戻り、ディアーネさんに聞いた話を王子へ伝える。
王子は考え込むようなそぶりを見せたけど、すぐに納得したように頷いた。
「それに、亡くなった女王の娘が君に似ているというのも気になるな」
「え? それはディアーネさんがそう思っているだけで、実際は全然似ていないと思いますよ?」
「それならいいのだが……万が一、妖精女王が君を娘の代わりにするようなことがあれば――」
「大丈夫ですよ、アレク様」
私は一歩近づき、そっと王子の手を取った。
「私は私です。だから……名前を呼んではくれませんか?」
視界の端に、なんとなく空気を読んだダンフォース卿がゴードン卿を引っ張って部屋の外へ出ていくのが映る。
あぁ、気を使わせてすみません……!
「……アデリーナ」
王子が私の名前を呼ぶ。
きっと、どんな魔法よりも私にとっては強力で。
たったそれだけで、何もかもが満たされるような幸せな気持ちになれる。
初めて彼が私の名前を呼んでくれた時、私が無意識にかけていた魔法は解けたはずだった。
でも、もしかしたら別の魔法にかかったのかもしれない。
名前を呼ばれるほど、彼に惹かれていくという魔法に……。
「……大丈夫、私はあなたの妃ですから」
「あぁ、そうだな」
優しく抱き寄せられ、大好きな香りに包まれ、そっと目を閉じる。
まるで、覚めない夢の中にいるみたい。
王子は庶民風の装いをしていても、特別な存在で。
先ほども、何人もの女の子が彼に熱っぽい視線を送っていたっけ。
ほんの一年前は、私もその中の一人……いいえ、彼に近づく勇気もないただの冴えない女だった。
でも、今はこうして彼の腕の中にいられる。
本当に私で良かったのかな……と思い悩むこともあるけれど、こうしていられるのがたまらなく幸福で。
……もしかしたら、ユーリディスさんもこんな気持ちだったのかな。
彼女には慣れ親しんだ妖精の郷を離れてまで、一緒にいたい人がいた。
きっと、希望に満ちた門出だったのだろう。
でも、その結末は――。
「アデリーナ……!?」
不意に王子が驚いたような声をあげて、私はそこでやっと自分が涙を流していることに気が付いた。
「どうした!? どこか痛むのか!?」
「な、なんでもないんです……!」
「なんでもなくはないだろう!」
王子は必死に問い詰めてくるけれど、私はなかなか口を開くことができなかった。
だって、これ以上王子に心配をおかけしたくはないし……。
必死にふるふると首を横に振る私に、どんどん王子の表情は険しくなっていく。
「君がそこまで必死に隠すなんて、よっぽど重病なんだな。一刻も早く城に戻って治療を――」
わわっ、とんでもない勘違いが……!
せっかくここまで来たのに、お城に戻ったらせっかくのチャンスが水の泡に……!
「あの、王子……実は――」
観念して、私は素直に白状した。
「いえ、その……妖精女王の娘――ユーリディスさんも、こんな気持ちだったのかと思うと、やるせなくて……」
話し終わると、一拍置いて頭上から降ってきたのは優しい声だった。
「そうだな。俺にとっても……今こうして君が傍にいてくれるのは奇跡みたいなものだ」
それと同時に、ちゅ、と髪に口付けられ上擦った声が漏れてしまう。
「君のような愛らしさの塊が、よく今まで無事に生きてこられたと感心してしまうな。君に変な虫がつかなかったのはあの姉妹のおかげか……まぁ、俺は感謝するべきなんだろうな」
「ひょえ……」
何やらよくわからないことを呟きながら、王子は私の髪から額へ口づけを落としていく。
「……アデリーナ。俺も同じ気持ちだ。俺もずっと、見つかるはずもない『運命の相手』という存在を探し続けていた。君と出会った時も……ままならない現状に苛立ちひどい態度を取ってしまった」
王子の表情が切なげに歪む。
あぁ、そんなお顔をなさらないでください。
私はもう、全然気にしていないのですから。
「だからこそ、今こうして君と一緒にいられるのが奇跡みたいに思えるんだ。君が愛おしすぎて、時折怖くなる。いつの日か、君の存在が泡沫の夢のように消えてしまうんじゃないかと」
私の体を抱き寄せる力が強くなり、愛おしさに私の胸も締め付けられる。
……私だけじゃなかった。不安を抱いているのは、彼も同じだったんだ。
「……本当は、春の妖精の郷に行くのも気は進まない。もし君に何かあったらと思うと、心臓が潰れそうになるくらいだ」
「王子……」
確かに、今まで何度か王子に心配をおかけしてしまったことがありましたよね。
何が起こるかわからない、危険があるかもしれない場所へ行ってほしくないという王子の気持ちも、痛いほどわかります。
でも、それでも……。
王子は私の意志を尊重してくれる。
夢のために、これからも妃として王子の隣に立つために。
自分にできることをしたいという私の希望を、支持してくださっているのだ。
それが嬉しくて、私は彼の胸へと顔を埋めた。