13 お話できてよかった
「その男とユーリディスは、すぐに親密な仲になった。そして、男が郷を出ていく時に、皆の反対を押し切ってユーリディスも男についていってしまったんだ」
「まぁ……」
妖精の世界でも、駆け落ちみたいなことがあるんですね。
そのまま二人はいつまでも幸せに暮らしました……といけばいい話なんだろうけど、実際は――。
「女王はユーリディスの行いに腹を立てていたが、無理やり連れ戻したりしようとはしなかった。
むしろ、ユーリディスの意志を尊重し、遠くから見守ろうとしていたんだ。だがある日、ユーリディスの魔力に大きく乱れが生じたと女王が心配していた」
ディアーネさんの瞳が剣呑な光を帯びる。
まるで、復讐に燃えるかのように。
「私は女王に申し出て、ユーリディスの下へ向かった。そこで見たのは……まるで煉獄のように燃え盛る森だった。ユーリディスと男が暮らしていたはずの小さな家は、あっという間に灰と化した。……ユーリディスの優しい気配は、どこにも感じられなかった」
淡々の話していた声が、少しだけ感情を抑えるように乱れる。
ディアーネさんはその目で見たのだろう。
大切な友人がいたはずの場所が、炎に飲み込まれていく様を。
「……ユーリディスは、周りの集落の者たちに『魔女』だと疑いをかけられたようだ。ちょうど病が流行したこともあり、人々の疑念は森で暮らすユーリディスへと向けられた。……ただ、それだけだった」
――「魔女狩り」
希望を胸に郷を出た妖精の悲しい最期に、私も胸が痛んだ。
私が知らないだけで、そんな悲劇はきっとあちこちであったんだろう。
「事の顛末を知った女王は、この世の終わりかというほど嘆き悲しんだ。そして、これ以上ユーリディスと同じ悲劇を繰り返さないために……外部との接触を断ち、郷を閉じることに決めた」
ディアーネさんが話してくれた内容は、少し前に冬の妖精王ユール様の仰られたことと一致していた。
あれ、ということは――。
「その、ユーリディスという方は……もしかして、妖精女王の娘さんだったのですか?」
そう問いかけると、ディアーネさんは驚いたように目を丸くした。
「何故そのことを?」
「やっぱりそうなんですね……。以前冬の妖精王、ユール様の下へ伺った時に、女王の愛娘が人間によって殺されたと聞いたんです。だから、そうなんじゃないかと思って」
「そうか……」
ディアーネさんは納得したように頷いた。
「冬の妖精王が推察した通りだ。あれ以来、女王は決して郷を開かず、眷属たちを外界に出そうともしない。私も、こうして外へ出たのは本当に久しぶりだ」
愛娘を失った悲しみから妖精女王は郷を閉ざし、ゆっくりと……本当にゆっくりと世界から春が失われつつある。
顕著な影響が出始めたのはここ数年のことだけど、このまま放っておけば……事態はますます進行するだろう。
「……ディアーネさん」
彼女は、私に大事なことを話してくれた。
だから私も、大切なことを話しておきたい。
「私は……妖精女王と交渉しようと思っているんです。……外の世界の人々のために、もう一度郷を開いてくれないかと」
ディアーネさんは驚かなかった。
もしかしたら、彼女は私がそう言いだすことをわかっていたのかもしれない。
「私には、今の女王の判断が正しいのかどうかはわからない。だから、あなたの行動に賛成も反対もしない。だが……」
小さくため息をつき、ディアーネさんはじっと私を見つめた。
その瞳に宿るのは、確かな心配の色だった。
「ユーリディスを失い、女王は変わってしまった。今の女王が、素直にあなたの話を聞きいれる可能性は低いように思う」
「……それでも、私は粘るつもりです」
可能性が0%でない限り、やってみないとわからないだろう。
少なくとも、私にはそのチャンスが巡って来たのだから。
そんな私を見て、ディアーネさんは微笑んだ。
「あなたと話せてよかった。……あなたは、本当にユーリディスとよく似ている。郷の者……特に女王は、あなたとユーリディスを同一視するかもしれない。だが、あなたはあなただ。それを覚えておいてほしい」
「……はい、ありがとうございます」
私も、こうしてお話できてよかった。
話を聞く限り、やっぱり私がその「ユーリディス」なる御方が似ているとは思えないけど、少なくとも何も知らない状態よりは心構えができますからね。
「私はそろそろ宿に戻ろうと思います。ディアーネさんはどうなさいますか?」
「私は馬車の中で夜を明かす。アデリーナはゆっくり休んでほしい」
「えぇ、ありがとうございます」
私は礼を言って、近くで見守っていたダンフォース卿と合流して宿へ戻った。
今聞いた話を、さっそく王子と共有しなければ。