12 ユーリディス
その日に泊ったのは、旅人や行商人が立ち寄るような小さな宿だった。
私たちは目立たないようにお行儀良くしつつも、やっぱり(主に王子の存在が)目立っていた。
給仕の女の子も、みんな頬を染めちらちらと王子の方へ視線をやっている。
まぁ、仕方がないですよね。どんなに目立たないようにしていても、王子は魅力的ですもの。
なんとなくその光景を見ていたくなくて、私は立ち上がった。
「私、ディアーネさんのところへお食事を持っていきますね」
「お供します、アデリーナ様」
ディアーネさんは私たち以上に人目に晒されることを嫌ったのか、宿には泊まらずに馬車の中に残ると言ってきかなかった。
だったらせめて、おいしい食事を味わってほしい。
お供を申し出てくれたダンフォース卿と共に食事を手にし、そっと宿の外へと出た。
「ディアーネさん、ごはんですよ」
そう声をかけると、横になっていたディアーネさんがむくりと起き上がる。
「アデリーナか。……ありがとう、助かる」
人間も、妖精も、お腹が空くのは一緒ですもんね。
ディアーネさんは手早く食事を腹に収めると、もう一度お礼を言ってくれた。
「……もしよければ、少し散歩しませんか?」
そう提案すると、ディアーネさんは少し考えた後、ゆっくりと頷いてくれた。
そうして、私たちは二人で――といっても少し離れたところにダンフォース卿が見守っているのだけど――ゆっくりと歩き出す。
こうすれば、少しは話しにくい話もできるような気がしたから。
「妖精の郷は遠いですか?」
「距離で言えば、まだまだ遠い。だが、明日にでも近道を使おうと思う」
「近道?」
「あぁ、我々妖精族にしか開かれていない特別な近道だ。……あなたたちになら、使わせても良いだろう」
どうやらディアーネさんも、ある程度は私たちに信頼を置いてくれているみたいで。
それが、嬉しかった。
「……ディアーネさん」
「なんだ」
「私って……ディアーネさんのお知り合いの誰かに似てますか?」
そう問いかけると、ディアーネさんははっとしたような顔をした。
あぁ、やっぱりそうなんだ。
なんとなくディアーネさんの視線から、そんな感じがしたんだよね。
「……もしよろしければ、その方のこと、教えていただけませんか?」
そう言うと、ディアーネさんは少しだけ悲しそうな顔をした。
あれ、まずいこと言っちゃったかなと私は慌てたけど……。
「……わかった」
こちらを向いたディアーネさんは、何かを決意したかのような真摯な目をしていた。
「アデリーナ、あなたは……私の知っている同胞によく似ている」
「同胞ってことは……春の妖精の郷の妖精さん?」
「いや……彼女は既に郷を出て行った。そして……亡くなった」
「あ…………」
私はディアーネさんが悲しそうな顔をしていた理由を悟ってしまった。
あぁ、ディアーネさんはあえて口にしないようにしていたのに。無遠慮に踏み込んでしまうなんて……。
「……ごめんなさい、嫌なことを聞いてしまって」
「いや、こちらこそきっと不躾な視線を向けてしまっていたのだろう。あなたが気にするのも当然だ。ただ、どうしても、懐かしくて……」
ディアーネさんの声色からは、本当にその方のことが大事だったのだということが、ありありと感じられた。
だから、私もつい聞いてしまったのだ。
「どんな方だったか、聞いてもいいですか……?」
「あぁ、構わない」
ディアーネさんはどこか昔を懐かしむように遠くを見つめ、ぽつりぽつりと話し出した。
「……名を、ユーリディスと言う。明るく、快活で、郷の皆に愛されていた」
なるほど、とっても素敵な方だったんですね。
……話を聞く限り、あまり私と似ているとは思えませんが。
私なんて、ことあるごとに「いつもじめじめしてキノコでも生えてきそうね!」って姉さんに言われてましたし……。
「私と彼女は、幼い頃からの友だった。私はあまり他者との交流が得意ではないが、ユーリディスはそんな私のことも気にかけてくれていた。私は……彼女に救われていたんだ」
難しい顔をしていたディアーネの口元が、わずかに微笑みの形にほころぶ。
……きっと、楽しい思い出がたくさんあったんですね。
「ある時、郷に一人の人間の男がやって来た。その頃、郷は今ほど排他的ではなく、女王は人間を客人として受け入れていた。好奇心旺盛なユーリディスも、その男に興味を持った」
ディアーネさんの表情からは、うまく感情を窺えなかった。
彼女はやはり、どこか遠くを見ている。