11 いつか、話してくれるかな
かくして、私たちはディアーネさんの案内の下、春の妖精の郷へと旅立つことになった。
公式な訪問ではなく、あくまで秘密裏に。
「おそらく多くの国が我々の――というよりも妃殿下の動向を探っている状態ですからね。表立って行動を起こせば、邪魔をされる恐れがあります」
慎重にそう口にしたコンラートさんは、すぐに手筈を整えてくれた。
公的には私たち二人は揃って流行り病に罹り、症状は重くないものの大事をとって宮殿の奥深くで療養中……ということになりました。
そしてその裏で、本当にこっそりと春の妖精の郷へ出発したのです。
お付きの者は必要最小限に、護衛としてゴードン卿とダンフォース卿の二人だけ。
それすらもディアーネさんは渋ったけど、コンラートさんが粘り強く交渉した結果、(根負けして)受け入れてくれたのです。
――「済まないが付き人は連れて行けない。女王はただでさえ人間の訪れを嫌っている」
――「しかし我々にとって、あなたがた春の妖精の郷は安全が保障されていない未知の領域です。必要最小限の護衛を拒まれては困ります」
――「だが――」
――「もしも向こうで王子殿下や妃殿下の身に何かあったら、それは安全管理を怠ったあなた方の責任になるでしょうね。その場合、妖精女王やあなた自身に損害賠償責任が発生する可能性が高いと思われますが」
――「むぅ……なんだそれは……」
こんこんと理詰めで攻めるコンラートさんに、先に音を上げたのはディアーネさんの方だった。
妖精への対抗手段が人間の国の法律っていうのも、少し変な気はするけれど……。
何はともあれ、ダンフォース卿とゴードン卿がついて来てくれて私としては安心です。
「……人間の外出は面倒だな。我らの女王は、供もつけずに放浪することなど日常茶飯事だ」
「あはは……前にお会いしたオベロン王やティターニア様もそうでした。妖精さんって、けっこうおおらかなのですね」
とても王族が乗っているとは思えない、どこにでもある古ぼけた幌馬車。
それが、今の私たちの移動手段です。
こうすれば、少なくとも目立ったせいで危険な目に遭う機会は減りそうですからね。
「アデリーナ、疲れていないか? 無理だけはしないでくれよ」
ゴードン卿と何やら話し合っていた王子が、私の方を見てそう心配してくれる。
確かに、いつも乗っている上等な馬車とは違って、がたごとと進むだけで馬車全体が揺れて、お尻にダメージが蓄積されていきますが……このくらいは全然平気です。
私のわがままで、皆の足を引っ張るわけにはいきませんからね。
「お気遣いありがとうございます。お――アレク様」
少しどもりながらそう告げると、王子はあからさまに嬉しそうな顔をした。
あぁ、恥ずかしい……実は私、まだ王子のお名前を呼ぶのに慣れていないんですよね。
だって、畏れ多いじゃないですか!
私ごときが王子のお名前を呼ぶなんて……あぁ、それだけで心臓がドキドキしてしまいます。
今は隠密行動中ということで、正体を悟られないように王子のこともお名前で呼ぶようにと決めてあるのだけど……やっぱり、慣れないものは慣れませんね。
そんな王子も、市井に紛れられるように庶民と同じような格好をされているのですが……やっぱり、オーラが違う。
生まれながらの高貴さを隠しきれていない。「一般人です」という顔をして道を歩いていたって、十人中十人は振り返るに決まっている。
ドレスを脱ぐと、一瞬でモブになってしまう私とは大違いだ。
そんなことを考えながらぼけっと王子を見つめていると、不意に横から視線を感じた。
振り向くと、ディアーネさんが何か探るような視線を私に向けていた。
「あの、何か……?」
「いや……何でもない。不躾に眺めてしまい済まなかった」
「それは構いませんけど……」
また、だ。ディアーネさんは時折、こうして意味ありげな視線を私に向けることがある。
私の反応を期待しているというよりは、まるで……私の中に何かを見つけようとしているようにも思える。
でも、私にはまったく身に覚えがないんですよね。
いつか、話してくれるかな……。