9 あなたの妃だからこそ、です
私の提案で、私と王子は静かに離宮の傍の道を歩いていた。
なんとなく、密室よりもこういう開かれた空間の方が話しやすい気がしたから。
少し離れたところには過剰なくらい警備の兵も配置されているし、さすがにまた襲撃される心配はないはずだ。
先に口を開いたのは、王子の方だった。
「まず、君を襲撃した奴らについてだが……ある程度見当はついている」
「そうなのですか!?」
驚く私に、王子は申し訳なさそうな表情で告げた。
「警備体制の増強も進めていたのだが、まさかこんなに早く仕掛けてくるとは……危険な目に遭わせて済まなかった。アデリーナ。……怖かっただろう」
そっと抱き寄せられ、胸がぽわりと暖かくなる。
「確かに驚きましたが……いい勉強になりました」
「は?」
「王族たるもの、このくらいの危機は乗り越えられるようにならなければ。次はもっとうまく立ち回って見せます!」
胸を張ってそう告げると、王子は驚いたように目を丸くした後……感心したように笑った。
「……君は強くなったな」
「これでも、あなたの妃ですから」
あなたの妻として、この国の王太子妃として、いつまでも半人前じゃいられませんからね。
「それで、私を襲撃した人たちは……?」
「十中八九、北方諸国のスパイだろう」
「北方の国……? 《深雪の国》の周辺国ですか?」
「あぁ、どうやら君が『春呼び』を行ったことが、他国にも知られてしまったらしい。長引く冬の脅威に怯える国が、他国に出し抜かれる前に君を確保しようとしたのだろう」
「そう、なのですね……」
王子の口ぶりからは、彼が昨日今日その情報を知ったわけではないことが伺えた。
きっと彼は、私を心配させまいと黙っていてくれたのだろう。
その判断を責めるつもりはないけど……。
「……今から北へ行って、もう一度『春呼び』を行うなんて考えるなよ」
「えっ、どうしてわかったんですか……!?」
まるで私の心の内を読んだかのような言葉に、驚いて問いかけると――。
「ひゃっ!」
まるで諫めるように強く抱きしめられ、思わず驚きの声が漏れてしまう。
「お、王子……苦しいです……」
「まったく……君は『春呼び』を行ったせいで死にかけたのを忘れたのか? ……頼むからこれ以上俺を心配させないでくれ、アデリーナ。また君があんな風になったら、今度こそ俺の心臓が止まりそうだ」
切実な声でそう囁かれてしまったら……もう、反抗することなんてできなかった。
長引く冬の脅威に怯える国々のことも心配だけど……それよりも何よりも、私はこの国の王太子妃で、アレクシス王子の妻だから。
目の前の大切な人を悲しませるようなことはしたくなかった。
それに……やっと、別の解決の糸口が見つかったのだから。
まずは、そちらを考えないとね。
「わかりました。もう『春呼び』を行うのはやめます。その代わりに……私、ディアーネさんと一緒に春の妖精女王の下へ行こうと思います」
「なっ!?」
私の言葉を聞いて、王子は驚愕したように目を見開いた。
「何を言っているんだアデリーナ! 君は俺の――」
「あなたの妃だからこそ、です」
ディアーネさんは私を保護するためにやって来たと言っていた。
でも私は、保護されるために春の妖精女王の所へ行くんじゃない。
妖精女王と対話し、今の事態を切り開くために行くのだ。
「……妖精女王が郷を閉ざしてから、同じ妖精王でさえも接触できない状態になっています。そんな中で、これはチャンスだと思うんです。うまくいけば、妖精女王を説得し再び郷を開いて、常冬現象に悩まされる国々を救うことができるかもしれません」
今も苦しむ人々を救いたいという想いももちろんある。
でも、それ以上に――。
「あなたの妃として、私がそうしたいんです」
あなたはいつも私の先を行って、私にはできる限り苦労させないように取り計らってくれるけど……。
私だって、少しはあなたのお役に立ちたいんです。
私の夢のため、これからもあなたの妃として隣に立つために。
……なんて偉そうなことを言ってるけれど、ちょっぴり打算もあるんです。
ここで私が功績を挙げれば、「あんな地味な女がなぜ王太子妃に……」という人たちを、少しはぎゃふんと言わせることができるでしょう?
とにかく、これは危険な賭けであると同時にまたとないチャンスだから。
「だから、私は行きます」
はっきりとそう宣言すると、王子はしばらく黙り込んだ後……観念したように笑った。
「まったく、君はいつも……変なところで思い切りがいいから困るな」
「エラに振られたからって、私を代わりに連れてきたあなたほどじゃないですよ?」
「……言うようになったな」
二人で顔を見合わせ、くすりと笑う。
王子はそっと私の頬に指先を触れさせると、真剣な表情で告げる。
「アデリーナ、君の決意はよくわかった。だから、俺も行く」
「えっ!?」
思わぬ言葉に、私は動揺してしまった。
「お、王子がですか!? 危険です!!」
「自分が行こうとしているのに何を言うんだ。……アデリーナ、俺は妻を一人危険な場所に送り出すほど寛容じゃない。誰が何と言おうと、俺も君に同行する。そうでなければ、君を行かせるわけにはいかない」
王子の目には、強い意志の光が宿っている。
これは私が止めたところで、思い留まってはくれないだろう。
「保護」という名目でディアーネさんが私の下へ来た以上、妖精の郷に行っても手ひどく扱われるわけじゃなさそうだけど……。
それでも、王子を巻き込むのは忍びない。
でも、それ以上に……王子がそこまで私のことを心配してくださるのが嬉しい。
……なんて、身勝手なことを思ってしまうのだ。
はぁ、いけませんね。どんどんと自分が強欲になっていっている気がする。