8 まさか同胞って
「なるほど、それで……謎の侵入者のグループに襲われたが、別の侵入者に救われことなきを得たと」
とりあえずあの場所から近かった離宮に戻り、こっそりと王子に伝達を頼むと……知らせを受けた王子はすごい勢いですっ飛んできた。
――「アデリーナ!!」
気を落ち着かせるためにパンを焼こうとひたすら生地をこねこねしていた私は、小麦粉まみれのエプロンのまま王子に抱きしめられて慌ててしまったっけ。
今も、王子のお召し物にわずかに小麦粉が散っているのが見て取れる。
あぁ、申し訳ない……。
現在、離宮の応接間で私たちを助けてくれた妖精の女性と顔を突き合わせている状態です。
彼女は王子の登場にも動じることなく凛としたたたずまいを崩さない。
なんていうか、タダものじゃないオーラを纏っていますね……。
「こうもやすやすと侵入を許すなんて……あぁ、どう報告書にまとめれば……」
険しい顔をする王子の背後で、コンラートさんは今にも気絶しそうな顔をしていた。
まぁ、冷静に考えると一大事ですもんね……。
そもそも王宮への不法侵入者なんて、その場で極刑になったっておかしくはないのだから。
「……アデリーナ。理由はどうあれ、その女性も不法侵入者であることに変わりはない」
王子が重々しくそう告げ、私は必死に懇願した。
「わ、私の客人ということにはできませんか……?」
確かに、王子が警戒するのももっともだ。
でも、本当になんとなくだけど……彼女は悪意を持ってここにきたわけじゃないと思うんだよね。
なぜだかわからないけど私を助けてくれたし、今もこうして逃げたり悪事をなそうとする様子も見せないのだから。
だから、できることなら彼女に罪を負わせたくはない。
そのためにもまずは、彼女の素性と目的を確認しなくては。
「あの、今更ですがお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
おずおずとそう尋ねると、黙って成り行きを見守っていたその女性は口を開く。
「我が名はディアーネ。春の妖精女王、ブライアローズの眷属だ」
「春の妖精女王……!?」
彼女の名乗りに、居合わせた者たちは皆驚いたように息をのんだ。
もちろん、驚いたのは私も同じです。
見知らぬ妖精さんの登場に警戒しているのか、ロビンは私の陰に隠れちゃっている。
彼はこう見えてけっこうな小心者で、正体のわからない相手にはこうして過剰に怯える傾向があるのです。
冬の妖精王の眷属であるスニクにはもっとフレンドリーに接していたから、人間と同じくらい大きい妖精は怖いのかと思っていたけど……まさか最近話題の春の妖精女王の眷属だったなんて……!
あれ、でも……春の妖精女王って、郷を閉ざして配下の妖精も外に出していないんだよね?
だからこそ、各地で常冬現象が進行して問題になっているわけで。
じゃあ、この御方は何故ここに?
「……にわかには信じがたいな。春の妖精女王は外部との接触を一切断っていると聞いている。それなのになぜ、配下の妖精がこんなところをうろついているんだ」
警戒の色をあらわにする王子に、謎の妖精――ディアーネさんは堂々たる態度で告げた。
「女王が私に同胞の保護を命じられた。私はそのためにここにいる」
そう言って、彼女はこちらを向いた。
その視線は、私の肩のあたりでびくびくしているロビン……ではなく、真っすぐに私へと向けられている。
えっ、まさか同胞って……。
「わ、私……?」
確かに、私の先祖が春の妖精だったかもしれないって話は聞いたけど……でも私って、どうみても妖精らしくはない、世俗にまみれた母さんやヒルダ姉さんの血縁者ですよ? 二人に輪をかけてただの凡人ですよ? それが、春の妖精さん直々に同胞と言われるなんて……。
あまりに急なことで、まだ思考が追い付かない。
「少し前に、あなたは『春呼び』を行っただろう。そのおかげでまだ外に取り残されている同胞がいることに気づいた女王は、早急な保護を決めた」
「保護……?」
「あぁ、女王はあなたを郷へ迎え入れることを望んでいる」
「えっ……!?」
「私も実際にここへ来て確信した。あんな風に簡単に襲撃されるような危険な場所に、同胞を一人置いておくのは忍びない」
ディアーネさんのあけすけのない言葉に、コンラートさんとゴードン卿が気まずそうな声を出す。
「うぐっ、痛いところをついてくる……」
「やばいですよ王子。警備体制の不備をめっちゃ煽られてますよ」
だが王子は、何も言わずにじっとディアーネさんを睨むように見つめている。
うっ、何となく空気が重くなってきた……。
私も頭を整理したいし、ここはいったん時間を置いた方がよさそうだ。
「あの……少し、考える時間を頂けませんか?」
そう申し出ると、ディアーネさんは鷹揚に頷いてくれた。
「わかった。私は外にいるから必要な時は呼んでほしい」
そう言うと、彼女は颯爽と部屋を出て行ってしまう。
既に人間の生活に染まりきっているロビンとは違って、なんていうか野生の獣のような雰囲気を纏っている御方だ。案外、外の方が落ち着くのかもしれないですね。
「……アデリーナ」
ぼんやりとそんなことを考えていると、不意に名前を呼ばれて私ははっと我に返った。
「はっ、はい!」
慌てて顔を上げると、私を呼んだ王子が真剣な表情でこちらを見ているのが目に入る。
「少し、二人で話がしたい」
その言葉を、否定するつもりは毛頭なかった。
「……はい、私もです」
こういう時、きちんと話ができる相手がいるって有難いことですよね。
素直に頷いた私を見て、王子は少しだけ表情を緩めた。