7 本当にどこの誰なのかしら?
「えいやっ!」
両手を突き出し、思いっきり魔力をぶつける。
その途端、私の両手から光の玉が弾け、襲撃者の一人を吹き飛ばした。
もう一人の襲撃者も、唖然としたように硬直している。
よし、成功した!
「すごいじゃないですか、アデリーナさま!」
「私もびっくりよ……!」
この隙に走り抜けようと足を動かしたけど、残ったもう一人が我に返ったのか追いかけてくる。
私も必死に走ったけど、ドレスを着たままだとさすがに限界がある。
どんどんと距離が縮まり、こちらに伸ばされた手が私の髪を掠めたその瞬間――。
「うぐっ!?」
私の真後ろにいた襲撃者が、急にうめき声をあげて倒れ込んでしまった。
「助けが来たのかな!?」
ロビンが嬉しそうな声を上げた。私も安堵で泣きそうになってしまう。
でも、助けが来たにしては早すぎるし、静かなような……?
近くの木の陰に隠れ様子を窺っていると、息を切らせたダンフォース卿が駆けてくる。
「妃殿下、いらっしゃいますか!?」
「ここよ、ダンフォース卿!」
いつも穏やかな彼には珍しく鬼気迫る表情のダンフォース卿に、私は慌ててぶんぶんと手を振って何も問題ことをアピールしておいた。
ダンフォース卿は私の前に跪き、深々と頭を垂れる。
「……申し訳ございません、妃殿下。自分がついていながら、御身を危険に晒すなんて――」
「私は全然大丈夫よ! あそこであなたが守ってくれたから、こうして無事でいられるの」
「そうですよぉ。ダンフォース卿は三人も相手にして、全員やっつけたんですよね?」
キラキラした目のロビンに問いかけられ、ダンフォース卿は顔を上げる。
「はい、先ほどの三人は全員動けない状態にしてありますが――」
彼はちらりと視線に周囲を走らせる。
倒れた二人の襲撃者と、ぴんぴんしている私。
そりゃあ、どうしてこうなったのか気になりますよね。
「……一人は、私が魔法で撃退したわ。もう一人は……どこかからの見えない攻撃によって倒れたみたい」
「見えない攻撃!?」
そう言った瞬間、ダンフォース卿は再び警戒するように剣を構える。
私もつられるように周囲を見回して……不意に、異質な気配を感じた。
これは……魔力? あまり感じたことのない、それでいてどこか懐かしい不思議な気配が、近くでこちらの様子を窺っているのを感じる。
「……ダンフォース卿、剣を降ろして」
「妃殿下!? まだ何者かが潜んで――」
「お願い、私を信じて」
「……承知いたしました」
ダンフォース卿は戸惑っていたけれど、最後には私の言うとおりに剣を引いてくれた。
確かに、どこに何が潜んでいるのかわからないこの状態で、無防備に剣を降ろすのは危険かもしれない。
でも、そうしなければ……きっと姿を見せてくれないと思ったから。
「……お助けいただき感謝いたします。正式にお礼を申し上げたいので、姿を見せてはいただけないでしょうか」
周囲に向かってそう呼びかける私を、ダンフォース卿とロビンが驚いたような顔で見ている。
だが、私には確信があった。
真摯に向かい合う姿勢を見せれば、きっと相手にも通じるはずだと。
風が吹き抜け、ざわざわと枝葉が揺れる。
一秒、二秒……その場に沈黙が落ちる。
やがて、その人物は高い木の上から静かに私の目の前へと降り立った。
「妃殿下!」
「待って、ダンフォース卿。私はこの方と話がしたいわ」
私を庇おうとするダンフォース卿を慌てて制し、私は丁寧に礼をした。
「あらためて、お助けいただいたこと心よりお礼申し上げます」
「……礼には及ばない。人間がどうなのかは知らないが、我らにとって同胞を助けるのは当然のことだ」
「同胞……?」
聞きなれない言葉に、私は顔を上げて、まじまじと目の前の人物を眺めた。
意外なことにその人物は、(少なくとも外見は)私と同じ年頃の女性だった。
森林に溶けるような萌黄色の髪に、まだ少しだけ警戒を孕んだ黄金の瞳。
それに……ロビンたち妖精の特色である、少しだけ尖った葉型の耳。
彼女の腕には、その細身には似合わないほど立派な木製の弓が抱えられている。
きっと、先ほどは高い木の上からその弓で侵入者を穿ったのだろう。
……なるほど。どうやら見ず知らずの妖精さんが、私たちを助けてくれたようだ。
でもこの御方……まったく見覚えはないんですよね。同胞と言われているけど、本当にどこの誰なのかしら?