6 緊急事態!
さてさていろいろな方の貴重なお話を聞いて、今は馬車で離宮へ帰るところです。
「派手な飾り付けをするという案もあったけど、そうするど見物側から王子の姿が見えなくなってしまいそうなのよね……」
頂いた資料を基に、私はうーんと頭を悩ませていた。
確かに派手に飾り付ければ目立つだろうけど、王子の姿を見にやってきている方からすれば「王子の姿がよく見えないんですけど!」と残念がりそうなんですよね。
……去年までは、私もこっそり王子の姿を見に行っていた勢だからよくわかる。
かといって、地味な飾り付けだと「あーら、アデリーナ妃によくお似合いの質素な馬車ですこと! こんな方が王太子妃なんてこの国は大丈夫かしら?」なんて嫌味を言われそうなんですよね。
うぅん難しい。これはまだまだ検討が必要ですね……。
「なんとか祝花祭らしい明るい雰囲気を醸し出しつつ、王子のお姿も見やすいように……」
そんなことを考えていた時だった。
「きゃっ!?」
急に馬車がガタンと大きく揺れ、完全に油断しきっていた私は前につんのめりそうになってしまう。
「妃殿下!」
何とかダンフォース卿が支えてくれてことなきを得たけど、うっかり頭をぶつけてしまう所だった。
あぶないあぶない……。
「道に石でも落ちていたのかしら」
「この辺りはまだ整備が進んでいませんからね」
今私たちがいるのは、本宮殿と離宮を繋ぐ道の途中――ちょうど辺りは木々の生い茂る森のようになっている場所だ。
道に大きな枝が落ちていたか、もしかしたら木が倒れていたのかもしれない。
なんて、私は軽い気持ちで考えていたけど……。
「……妃殿下、身を伏せてください」
「えっ?」
「何者かの襲撃のようですね」
「え!?」
いつもは穏やかなダンフォース卿の緊迫を滲ませた声に、非常事態が起こっているのだと理解する。
外からは何やら荒々しい声と、物騒な物音が聞こえてくる。
私が慌てて身を伏せている間も、ダンフォース卿は鋭い目で外の状況を窺っていた。
「思ったより数が多い……! 自分が外に出て敵を引きつけます。できる限り馬車から引き離しますので、妃殿下は機を見て避難を」
告げられた言葉に、頭がになりそうだったけど、なんとか気を落ち着かせて頷いてみせる。
「……わかったわ」
王太子妃たるもの、こういった荒事に巻き込まれる危険があることは承知している。
まさか王宮の敷地内でこんなことになるなんて予想もしなかったけど、しっかりしなければ。
私が慌てたって、事態が好転するはずがないのだから。
ダンフォース卿は私が頷いたのを確認すると、滑るように素早く馬車の外へ出た。
私は息をひそめて、外の状況を窺った。
すぐに、外からは怒号と金属と金属がぶつかり合う激しい音が聞こえてくる。
「だだだ、大丈夫ですよアデリーナさま……ぼっ、僕がアデリーナさまを守りますからね……!」
可愛そうなほどぶるぶると震えて、目に涙をいっぱいに溜めながら、ロビンが震えた声でそう言ってくれた。
「……ありがとう、ロビン」
その姿を見ていると、少しだけ心が落ち着いた。
自分よりも慌てている人が近くにいると、ちょっとだけ冷静になれることってありますよね。
だからこそ――。
「……聞いて、ロビン。これから私と一緒に逃げることになるけど、もし、その途中で私に何かあったら……私に構わず先に進んで、誰かに知らせてほしいの」
「でも……」
「お願い、これはあなたにしかできないことよ」
そう言い聞かせると、ロビンは何か言いたげな顔をしたが、それでもしっかりと頷いてくれた。
……ありがとう、ロビン。
そっと頭を撫で、私はぎゅっと指先を握り締めた。
再び外の様子を窺うと、ダンフォース卿は黒いローブを身にまとった襲撃者三人を相手に、果敢に応戦していた。
ダンフォース卿がうまく誘導しているのか、少しずつ馬車と彼らの距離が開いていく。
あと少し、あと少し……今だ!
私はロビンと一緒に、意を決して馬車から飛び降りる。
そして、そのまま一目散にその場から駆け出した。
「くそっ、逃げられる!」
「そっちへ行ったぞ!」
襲撃者たちは逃げ出した私に気がつき騒ぎ出したが、ダンフォース卿の守りを突破できてはいないようだ。
ダンフォース卿のためにも、早く助けを呼ばないと……!
その一心で、いまだかつてないほど全力疾走したけど……突如進行方向に黒い影が飛び出してきて、私は足を止めてしまった。
先ほどダンフォース卿が相手にしていたのと同じく、黒いローブを身に纏う襲撃者が二人、私の前に立ち塞がっている。
まさか、まだ隠れている人がいたなんて……!
「ひぇっ!」
ロビンが怯えたように悲鳴を上げる。
私も足が竦みそうになったけど、まっすぐに相手を睨んた。
この人たちがなぜ私を狙ってくるのかはわからない。
だが、このまま何もせずに思い通りになんてさせるつもりはない。
相手を睨んだまま、意識を集中させる。
大丈夫、私ならできるはず。
魔法の師匠――ヒューバートさんの言っていたことを思い出せ……!
魔法は思いの力。大切なのはイメージ。
だったら、弱気になっている暇なんてない……!
相手が動いたその瞬間、私も行動に出た。