18 お妃様、夏の離宮に向かう
予想に反して、私への招待状は減ることはなかった。
それどころか、時間が経つほど増えていく始末。
一度出席すればもう誘われないかと思ったのは、大きな間違いだった。
私は相変わらず緊張して変な話(主に野菜とかアルパカとか)ばかりしてしまうのに、何故そんな私を何度もお茶会に呼ぼうと思われるのでしょうか……!
やだ、社交界怖い。陽気な人々の考えることはわかりませんわぁ……。
「……疲れているようだな、カリーナ」
招待されたお茶会で無理に笑顔を作りすぎて、顔が筋肉痛になってしまった。
ぴくぴくと頬をひきつらせてダウンする私に、離宮にやって来た王子は苦笑している。
王子も外向きの顔と内向きの顔が結構違う気がするけど、疲れたりはしないのでしょうか。
二十年近く王子をやってると、慣れたりするのかな?
なんてことを考えていると、彼が労わるように私の肩に触れて囁いた。
「君はよくやってくれている。一週間ほど、避暑に行かないか?」
何でも王家が所有する避暑地の離宮に、私も連れて行ってくださるのだとか。
たとえ一週間でも、ここを離れられるのなら嬉しい。
何よりも、お茶会を欠席する正当な理由ができるのです!!
私は一も二もなく頷いた。
あっ、しばらくここを空けるなら牧場と畑の世話を頼んでおかなきゃ。
◇◇◇
目的地である夏の離宮は、周囲を山に囲まれた静かな湖畔に建てられている。
爽やかな風が吹き抜ける中、馬車を降り、周囲を見回して私ははしたなくも歓声を上げてしまった。
山! 川! 湖! 大自然!!
そこはまさに、私の夢見る「大自然の中でのんびりスローライフ」を送るのにうってつけの場所だったのです!
夏の離宮も煌びやかな王都の宮殿に比べると質素な造りだし、うーん、私好み。
目を輝かせてきょろきょろしていると、得意げな顔をした王子が問いかけてくる。
「いい所だろう。気に入ったか?」
「はい、とても!」
「それはよかった。わずかな時間だが、雑事から解放されてのびのびと過ごせるだろう」
「ありがとうございます、王子!」
こっちに来たら来たで接待とかあったらやだなー、と心配していたのだが、幸運なことに王子は私を野放しにしてくれるようだ。
王子も心なしか、いつもよりも晴れやかな表情をしている、気がする。
その横顔を眺めていると、私は唐突に閃いてしまった。
おや、これはもしかして……この辺りに、愛人さんがいらっしゃるのでは!?
これは盲点だった。まさか王都ではなく、遠く離れた地に愛人さんを囲われていたのなんて!
しかし考えれば何もおかしくはない。歴史を紐解けば、よくあるパターンだ。
私をここに連れてきたのも、いざという時に話がこじれないように、機を見計らって愛人さんに紹介するおつもりなのかもしれない。
そうとなれば、私が王子と愛人さんの邪魔をするわけにはいかない。
大人しく大自然を満喫すると致しましょう。
「ダンフォース卿、少し落ち着いたら周囲を散策したいわ。付き合ってもらえるかしら」
「勿論です、妃殿下」
わざと王子に聞こえるように、いつもより少し大きめな声でアピールをしておく。
私は席を外すので、王子はどうぞ愛人さんとの時間をお過ごしくださいませ。
◇◇◇
「ふぃ~、いい眺めね!」
ダンフォース卿に付き合ってもらい軽く山を歩いて、高台にたどり着いた。
やっぱり森林浴はたまらない。ここ最近のお茶会ラッシュで疲れた体と心が癒されていくようだ。
「道中にキノコをたくさん見かけたわ。ねぇダンフォース卿……」
「明日はキノコ狩りと洒落込みましょうか。厨房の使用許可も取っておきましょう」
さすがはダンフォース卿!
私の望みを100%理解してくれている。エリート騎士様は伊達じゃない!
ふふ、採ったキノコはどうしよう。マリネにしようか、それともアヒージョに――。
「妃殿下、こちらへ。良い眺めですよ」
「わぁ、すごいわ……!」
高台からはぐるりと周囲を取り囲む山々や、澄んだ湖、それに私たちの滞在する離宮や麓の町が一望できた。
まるで景色をそのまま切り取って絵画にしたくなるほど、絵になる光景だ。
「本当に、綺麗な場所ね……」
うまく離婚出来たら、慰謝料にこの離宮をください……なんて言いたくなるくらいに。
どうやって好条件を引き出そうか思案する私の横で、ダンフォース卿がぽつりと呟く。
「王子殿下はきっと、妃殿下にこの美しい景色を御見せしたかったのだと思います」
……そうかな? 愛人さんに会いに来ただけだと思うんだけどね。
曖昧に微笑むと、ダンフォース卿はどこか困ったように笑った。