3 幸せのオランジェット
「アデリーナさまぁ、なに作ってるんですか~?」
私がキッチンでお菓子作りに励んでいると、ふよふよとロビンが飛んできた。
ロビンは夏の妖精王の配下の妖精の男の子で、現在は訳あって私たちの傍で絶賛修行中だ。
リンゴ二個分くらいのお人形みたいな姿がなんとも可愛いんですよね……。
「オランジェットを作っていたの。王子もお好きみたい、だし……」
何気なくそう口に出した途端、この前のやりとりを思い出して赤面してしまう。
あぁもう、これじゃあ私がまた「あーん」してほしくて作っているみたいじゃない……!
「よかったらロビンも食べる!? 味見してもらえると嬉しいわ!」
誤魔化すようにそう言うと、純粋なロビンは素直に「わぁい」と喜んでくれた。
ほっとしつつ、私は再びオランジェットの量産体制に入ります。
頂き物のオレンジを良く洗って、皮ごとぶすぶすと穴をあける。
たっぷりのお湯を沸かしたお鍋に入れて、少しだけコトコトと茹でます。
少し経ったらオレンジを引き上げて冷たいお水で冷やします。いい感じに冷えたら……再び
お湯を沸かしたお鍋の中へとGO!
この工程を三回ほど繰り返すことで、極力苦みを抑えることができるのです。
……なんて、昔読んだレシピ本の受け売りでしかないんですけどね。
いい具合に冷えたら、薄く輪切りにしていきます。
……ロビンがひとつつまみ食いをしたのは、見なかったことにしよう。
さぁ、次はいよいよお砂糖と一緒にぐつぐつ煮ちゃう時間だ。
お鍋の中に水と砂糖と輪切りのオレンジを投入して、じっくりぐつぐつ煮込んでいきます。
暴力的なまでに甘い匂いがぷんと立ち込め、頭や舌がとろけそうになってしまう。
「はぁ、いい匂い……」
「駄目よロビン! 鍋に飛び込んだら大やけどしちゃうわ!」
灯りに引き寄せられる昆虫のように、ふらふらと匂いの下へと引き寄せられるロビンを何とか引き止めて。
じっくりと辛抱強く、煮詰めていくのです。
果肉の形を崩さないように、優しく、優しく……この作業が、大変で楽しいんですよね。
だんだんとオレンジが綺麗に透き通ってきて……よし、そろそろかな。
形を崩さないように慎重に取り出して、お皿に並べる。
この後は、一日くらい乾燥させるんだけど……。
「こちらがその、乾燥させたものになります」
「アデリーナさま、まさか時空を操る魔法を……?」
「いいえ、ただ昨日も同じ作業をしていただけよ」
「なぁんだ」
ちょっとがっかりするロビンにくすりと笑い、私は昨日から乾燥させておいたオレンジを手に取った。
はぁ、宝石のようにきらきらと輝くオレンジの砂糖漬けは本当に綺麗。
とっても美味しそうで、今すぐに口に運びたいのはやまやまだけど……ここで最後の仕上げをしなくては!
湯せんでチョコレートをどろどろに溶かして……その中へ乾燥させた砂糖漬けの半分ほどを浸していく。
後はチョコレートが固まれば、オランジェットの完成です!
「はい、召し上がれ」
「わぁい!」
ロビンは大喜びでできたてのオランジェットにかぶりついている。
ふふ、こうやって喜んでくれる顔を見るのが、何よりも嬉しいんだよね。
「おいひぃでふぅ~」
「ふふ、それはよかったわ」
「でも何でこんなにいっぱい作ってるんですか? お店でも開けそうなくらい……」
きょろきょろと周囲を見回したロビンが、不思議そうにそう呟く。
ロビンの言う通り、離宮のキッチンはただいまオランジェットの量産体制に入っているのです。
私たちのすぐ傍でも、ダンフォース卿が丁寧な手つきでオランジェットの仕上げに入っていた。
あっ、チョコレートに砕いたナッツやドライフルーツをまぶすのもいいなぁ……。
後でわけてもらおう……。
さてさて、なぜ今私たちはこんなにもオランジェットを量産しているのかというと、実は私がショコラティエとして店を開くのが決まった……わけではございません。
たまたまオレンジを大量に頂いたのと、もう一つ理由があるのです。
「少し先にね、祝花祭っていうお祭りがあるの。その準備に大勢の人の力を借りることになるから、ご挨拶とお礼を兼ねてお菓子を配ろうと思って」
祝花祭はここ《奇跡の国》で、毎年冬と春の境目の時期に行われているお祭りだ。
厳しい冬を乗り越え、春の訪れを迎えられたことを皆で祝うのです。
まぁ簡単に言えば、今まで我慢して偉かったね! 今日はみんなではっちゃけましょう! ……という感じのお祭りですね。
「みんなで仮装したり、お酒を飲んだり、美味しい物を食べたり踊ったり……とにかく楽しい雰囲気のお祭りなのよ」
「わぁ~楽しそうですね!」
ロビンは「美味しいものを食べる」という言葉だけで期待に胸を膨らませているようだ。
ふふ、素直でよろしい。
まぁ去年までは、私もちょっとだけお洒落して、エラと一緒に街に出て、王族の皆さまのパレードを遠くから見て、と気楽に楽しめていたんだけど……。
「はぁ……」
そう、王族のパレード。それは祝花祭の一大イベント。
王子の妃となった私は、王子と共に特別な装飾が施された馬車でパレードを行うことになっている。
馬車の上から通りの人々へ向かって、たくさんのお花を投げるんですよね。
そのお花を手にすることができれば、幸運が訪れるという伝承もある。
ガーベラ、薔薇、ミモザ……たくさんの花々が宙を舞う様はまさに壮観。
特に民衆に人気の高いアレクシス王子が投げたお花なんて……ものすごい争奪戦が起こって毎年大変なのです。
私もその現場を見たことがあるけど、恐ろしくてとても近づけるような雰囲気ではなかった。
そんな、この国の人々にとっては大切なお祭りのパレード。
そのパレードで使用する馬車の装飾の総監督を私は任されてしまったのです!
祝花祭の馬車はいつも決まったデザインがあるわけではないので、毎年毎年工夫を凝らしたデザインで皆様の目を楽しませなければならないのです。
うぅ、これは責任重大。王太子妃のお仕事って本当に大変ですね。
うっかり変なデザインにしてしまえば、私だけでなく同乗する王子も恥をかいてしまうのだから……!
「だから、しっかり根回しをしておこうと思うのよ……!」
「アデリーナさま、怖いです……!」
鬼気迫る表情の私に、ロビンが怯えたように「ヒィッ!」と声を上げた。
もちろん私に馬車の装飾のデザインセンスなんてあるわけがない。
だから、たくさんの方々のお力を借りることになるだろう。
だが、あまりにも他人任せだといつぞやのアマンダ夫人のように、私を良く思わない人がわざと失敗させようと茶々を入れてくるかもしれない。
そうならないためにも、自らの手でしっかりと協力してくれる人を集めて、信頼を得なければ。
このオランジェットはその第一歩。
甘いお菓子を口にすれば、きっと少しは心を開いてくれるでしょう?
「さぁて、頑張らないとね」
自分を鼓舞するようにそう口にして、私はオランジェットのラッピング作業へと入るのでした。