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2 お妃様の憂鬱(2)

 のんびりと庭園を散歩した後、私と王子は、私の暮らす離宮へ戻ってきました。

 初めてこの離宮に足を踏み入れたのは去年の春くらい。


 妃探しのための舞踏会で義理の妹――エラに一目惚れしたアレクシス王子は、エラが落としたガラスの靴を頼りに私たちの住む屋敷へとやって来た。

 おとぎ話のようにそこでエラと王子は結ばれ,、めでたしめでたし……かと思いきや、そうはいかなかったのです。


 エラには既に相思相愛の魔法使い(私から見れば怪しい不審者ですが)がいて、二人は王子の目の前で駆け落ちしてしまったのですから!

 エラにフラれてテンパった王子は、とんでもないことを仕出かします。

 なんとエラの身代わりに、ただ近くに突っ立っていただけの私をお城に連れ帰り、その日のうちに結婚してしまったのです!


 はぁ、あの時は本当にびっくりしました。


 何もかもがあっという間で、ショックを受ける間もなかったくらいですからね。

 当然、なしくずしに妃となってしまった私は彼にとってのお荷物でしかない。

 結婚式の翌日には、この離宮に放り込まれて放置されました。


 でも、私にとってはここは楽園そのものでした。


 豊かな自然に、自由に使えるお金と人材……没落寸前の貴族の娘だった私にとっては、願ったりかなったりの状況だったのです。

 そんなわけで、のびのびと離宮でスローライフを満喫していたのですが……不思議と、そんな私のもとに王子が姿を見せるようになりました。


 最初は監視かな? と少しドキドキしたけど、彼と接するうちに私みたいに息抜きがしたいのだと気がつきました。

 社交も公務もないお飾りの妃である私とは違い、たくさんの重荷を背負う王子は日々お仕事に追われていますからね。


 しかし私は無茶苦茶な理由で王子と結婚してしまった期間限定のお飾りの妃。

 いずれ離婚が待っているのだから、慰謝料をがっぽり貰うために少しでも印象を良くしておかなくては……って頑張ってたっけ。

 王子が訪れるたびに手作りのお菓子や料理でおもてなししたり、ペコリーナを始めとした可愛い動物たちと触れ合ってもらったりと、ね。


 でも……だんだんと、打算以外の気持ちが大きくなってきて。


 そんな時、王子の周囲には私よりもよっぽどお妃様にふさわしい女性が現れた。

 しかもその女性は、私を「王子を惑わす悪い魔女」だと糾弾したのです!


 ……それはある意味チャンスでもありました。


 私が(身に覚えはないけど)その罪を認めてしまえば、王子は何の後腐れもなく私と離縁できる。

 魔女の烙印を押された私がどうなるかはわからないけど、それでもよかった。


 ……あの人が幸せになれるのなら、それでいい。


 私が糾弾を受け入れようとした時……真っ先に私を庇ってくれた人がいた。

 その人こそが、ほかならぬアレクシス王子だったのです。

 彼は断固として私を庇い、言ってくれた。


 ……私こそが、彼の唯一の妃であると。出会い方がどうであれ、今は私のことを愛していると。


 そうして、紆余曲折あったものの私は彼の本当の妃となって、めでたしめでたしのハッピーエンド……とはならなかったんですよね。


 どうやら、私には本当に魔法の力が宿っているようなのです。

 その力はたまにとんでもない方向に暴走して、私も王子もずいぶんと振り回されたものです。

 なんとか魔法の力を制御したいと四苦八苦する私のために、王子は私を「妖精王」の下へと連れて行ってくださった。

 すごいですよね。妖精王なんて、それまでは絵本の中の存在だと思っていたのに!


 この世界には私が知っているだけでも、春夏秋冬を司る四人の妖精王がいる。

 妖精王とその眷属である妖精たちは、人間たちが快適に暮らせるように季節を巡らせるお手伝いをしてくれているのだとか。

 今までにお会いしたのは、夏の妖精王オベロン様と冬の妖精王ユール様のお二人だ。


 そうそう、少し前にユール様にお会いした時に、気になることを聞いたのだった。

 季節を司る妖精の内、春の妖精王がずいぶんと前から仕事を放棄しているのだという。

 その影響で、年ごとに春の訪れが遅くなり、ずっと冬が続くような国が増えてきているのだとか……。

 そして実際に、雪と氷に閉ざされた冬の国で……気が付いたら私は、春を呼んでいたのだ。

 いまだに自分でも何がなんだかよくわからないのだけど、冬の妖精王の見立てでは私の先祖は春の妖精の血を引いているのではないかとのこと。

 そのおかげで(?)、普通は妖精にしかできないはずの「春呼び」という特別な魔法が使えてしまったのです。


 でも、魔法の力っていいことばかりじゃないんですよね。

 私の母親の母親……会ったこともない祖母は、魔法の力を持っていたため、「魔女狩り」にあって亡くなってしまったらしい。

 私も「王子を惑わす悪い魔女め!」って糾弾されたことがあったし、多くの人々にとって魔法使いや妖精、幻獣みたいな生き物は、畏怖と同時に脅威や迫害の対象ともなっている。

 私はそんな世の中をなんとかしたいと思っているのだけど……考えるだけで遠い道のりですよね。

 姿を隠した春の妖精王と、冬が終わらない国々に、人間も魔法使いも共に暮らせる場所づくりに……はぁ、課題が山積みですね。

 小さくため息をつくと、不意に前方から視線を感じた。

 はっと顔を上げると、なんとアレクシス王子が正面からこちらを眺めているではないですか。


「……また難しいことを考えていたな」

「は、はい……!」


 いけないいけない。今は離宮に戻って来て、王子と一緒にティータイムの真っ最中なのです。

 ぼけっとしてばかりじゃ王子にも失礼ですよね。


「すみません、少し考え事をしていて」

「どうせ、また春の妖精王のことや常冬現象のことを考えていたんだろう」

「うっ……」


 見事に心の内を見透かされて、私は言葉に詰まってしまった。

 王子からは「心配するのは結構だが、今すぐどうにかできる問題じゃない。あまり考えすぎるな」とは言われているのですが、どうしても気になっちゃうんですよね。


「常冬現象については、今後も影響が拡大することが考えられる。いずれ各国間での協議が必要になって来るだろう。だが今から頭を悩ませすぎていては、気疲れしてしまうぞ」

「そう、ですよね」

「それに……」


 何か言いかけた王子が、じっと私を見つめる。

 美しい紫の瞳に見つめられると、それだけで一気に体温が上昇する。

 アレクシス王子という人間は、存在そのものがきらめく宝石のように美しいのだ。


 どこにいても、人の目を惹きつけずにはいられない。

 もちろん私も、彼に引き寄せられる人間のうちの一人で。

 遠くから憧れるだけの、王子に認識すらされていないその他大勢だったはずなのに……。


 そんな私が一年近くも彼のお妃様をやってるなんて、本当に運命のいたずらって不思議ですよね。

 王子が私に向かって、優しく微笑む。

 その途端、まるでお酒に酔ってしまった時のようにくらっとしてしまう。

 あぁ、刺激が強すぎる……!


「悩ましい表情の君も魅力的だが……やはり俺は、君の笑顔に惹かれるな」


 手元のお菓子を一つ、王子が指先で摘まむ。

 そのまま、そっと持ち上げ……ずい、と私の口元へと差し出す。


「ほら」


 あぁ、そんな風に蠱惑的に微笑まれたら……逆らえるわけがないですよね……!

 おずおずと口を開けると、そっと王子の指先からお菓子が押し込まれる。

 砂糖漬けにしたオレンジに、とろりとしたチョコレートをかけたオランジェット。

 とっても甘いお菓子だけど、今だけはいつもの何倍も甘く感じてしまう。

 熱に浮かされたようにもぐもぐとお菓子を咀嚼する私に、王子は囁く。


「いい子だ、アデリーナ」


 ああぁぁぁぁ、もう! 

 あなたの一言で私がどれだけ動揺するかご存じですか!? 

 もしかして、わかっててやってるんですか!?

 もう……敵わないなぁ……。


 外は真冬で、寒さに凍える季節だけれど……私は身も心もぽかぽかにされてしまったのでした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 実は春の妖精王の血縁だったりして
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