30 小さな魔女の決意
翌日も、王子の過保護具合は相変わらずだった。
「じ、自分で食べられますっ……!」
「何を言う。君は病み上がりなんだ。大人しく世話を焼かれておけ」
「うぅ……」
目の前では、食器とスプーンを手にした王子が不満そうな顔をしている。
世話を焼いていただけるのは有難いけど……まさかアレクシス王子に「はい、あ~ん♡」をしてもらうなんて、逆に熱が上がっちゃいそうです!
もうかなり体力も回復してきているし、自分で食事をとることくらいはなんの問題もない。
何度も何度もそう説明したけど、王子は嬉々として私の世話を焼くと譲らなかった。
「ほら、あーん」
笑顔でそう言われると……反射的に少しだけ口が開いてしまう。
その隙を見逃さず、王子はすかさずスプーンを突っ込んできた。
「むぐっ」
ほどよく塩味の効いたチキンスープが、じんわりと舌に染みわたる。
その優しい味に私の表情が緩んだのを見て、王子は嬉しそうに笑った。
「ほら、美味しいだろう? もっともっと食べてくれ」
「……自分で食べます」
「それはダメだ」
「ひぃん……!」
王子は頑なに私にスプーンを持たせようとはしなかった。
「氷の王子」と名高い彼が、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるなんて……なんだか倒錯的でクラクラしてしまう。
「顔が赤いな、熱が上がってきたのか?」
「……かもしれませんね」
「それは大変だ! また俺が添い寝して君の体を暖め――」
「わあぁぁぁ大丈夫です! 大丈夫ですから!!」
そんなことしたら頭が沸騰しちゃいますから! 火山が大噴火ですから!!
嬉しさと恥ずかしさを同時に味わいながら、私は王子に身に余る世話を焼かれながらこの朝食タイムを終えたのだった。
手ずから私に朝食を食べさせたことで王子は機嫌を良くしたのか、私はやっと自分の足で歩く許可が出た。
よかった、お姫様抱っこでまた宮殿内を練り歩くのは恥ずかしいですからね……。
王子に支えられるようにして、一歩一歩床を踏みしめ足を進めていく。
一週間も寝ていただけあって、自分が思った以上に体力が落ちているみたいだけど……歩くのに問題はなさそうで安心した。
向かうのは、ここへ来てからずっと気になっていた場所。
私と同じくこの郷へやってきている、ソレルの元だ。
城で働いていた妖精さんに頼んで、同じくこの地に滞在しているソレルに連絡を取っていた。
彼女も膨大な魔力を暴発させていたのだ。私みたいに昏睡状態にはならなかったにしろ、相当弱っていたらしい。
そんな彼女も、妖精たちの助けを借りて少しずつ回復しているようだ。
……というわけで、いよいよ再会と相成りました!
待ち合わせの場所で、ソレルは既に私を待っていた。
よろよろと歩く私の姿を見て、ソレルは一目散にこちらへと駆けてくる。
「アデリーナ……!」
目の前までやってきたソレルが、おずおずと顔を上げる。
王子に支えられて立つ私の姿を見ると……みるみるうちに彼女の大きな瞳に涙が溜まっていく。
「アデリーナ、私……本当にごめんなさい!」
そのまま、ソレルは子どものように泣きじゃくってしまった。
わわっ、これは大変だ……!
「ソレル、私なら大丈夫よ……!」
慌てて宥めようと小さな背を撫でたけど、ソレルの嗚咽はどんどん大きくなっていく。
あわあわしながらもぎゅっと抱きしめ、しばらくすると……やっとソレルも落ち着いたようだった。
「……取り乱してしまってごめんなさい」
小さな声でそう呟くソレルに、私は首を横に振って見せた。
「私ならもう平気……とはいかないけど、かなり元気になったわ」
「俺が付きっきりで看病したからな」
まるで牽制するように、王子がそう口を挟んでくる。
王子、大人げないですよ。
といっても、たぶんソレルは王子より年上なんだろうけど……。
何はともあれその場の空気を変えようと、私は明るくソレルに声をかけた。
「ソレルは元気にしてた? ここに来てから何か困ったことはない?」
ソレルは首を横に振ると、少しだけはにかむように口を開いた。
「……みんなに親切にしてもらえて、驚いてる。私……魔女だと知られてからずっとみんなに嫌われてて、追い出されて、こんな風に優しくしてもらえたことなんてほとんどなかったから……こんなに優しい場所もあったのね」
「そう、よかった……」
その憑き物が落ちたかのような微笑みを見て、私は心底ほっとした。
傍から見れば私は彼女に散々な目に遭わされたことになるのだろうけど、私自身に彼女を恨むつもりは毛頭ない。
きっと……彼女はただ寂しかっただけなんだ。
迫害を恐れ、人里離れた雪原に一人暮らしていたけど……本当は、誰かと一緒に居たかったんだろう。
だから、偶然現れた自分と同じ「魔女」である私を記憶を消してまで仲間に引き入れようとしたのだ。
私が自分と同じ目に遭わないように、助けようとしてくれたのかもしれない。
その想いだけは、否定したくなかった。
しばらく近況を話してくれた後、ソレルははにかむようにそっと口を開いた。
「それでね、あの……冬の妖精王が、望むのならここに残ってもいいっておっしゃってくださったの」
「ユール様が……! ソレルは、どうするの?」
そう問いかけると、彼女は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「私……しばらくは、ここに残りたい。皆が私を助けてくれた分、私も恩返しがしたいの」
「……きっと、みんな喜んでくれるわ」
「アデリーナ、私……本当にあなたにひどいことをしてしまったわ。どうやって償えば――」
俯いてそう口にするソレルを、私はぎゅっと抱きしめた。
「償いだなんて……あなたが生きていてくれたことだけで、私は十分よ」
あの時、ソレルの魔力が暴走して取返しがつかなくなる可能性もあった。
でも、彼女は今こうしてここにいる。
それだけで……私は嬉しいから。
「私、もっと魔法の勉強をすることにしたわ。誰かを傷つけるんじゃなくて、誰かを助けられるような魔女になるために」
「ふふ……私も負けてられないわ。お互い、頑張ろうね」
「うん……!」
進むべき道を見つけたソレルの表情は、今までに見たこともないほど晴れやかだった。
私も、もっともっと頑張らないと!