29 私の、大好きな王子様
その夜、私は悶々と眠れぬ夜を過ごしていた。
昼間、ユール様に聞いた話がずっと頭の中を渦巻いている。
……私って、いったなんなんだろう。
思わずため息をつくと、不意に少し離れたところから声が飛んでくる。
「眠れないのか、アデリーナ」
「王子!?」
見れば、王子が隣のベッドからじっとこちらを見ていた。
「お、起きていらっしゃったんですか……!?」
「寝ている間に君の身に何かあったらと思うと眠れなくてな。君は……昼間のことだろう」
王子がゆっくりと身を起こす。何をするのかと思いきや……なんと彼は私のベッドの方へやってきたかと思うと、そのまま潜り込んできたのだ!
「ひょっ!?」
「……俺も病み上がりの人間に襲い掛かるほど見境ないわけじゃない。安心してくれ」
「は、はい……」
ユール様の用意してくださった部屋は大きく、このベッドも大人二人が横になっても十分すぎるほどの広さがある。
もそもそとスペースを空けるために端に寄ると、王子は私のすぐ傍で横になった。
ドキドキしながらそっと王子の方を見つめると、彼は優しい瞳でこちらを見ていた。
「……昼間の話が気になるんだろう」
「はい……ユール様のおっしゃることが本当だとしたら、私は妖精の血を引いているってことになるけど、そんなこと、考えたこともなくて……」
だから、動揺してしまうのだ。
無意識に「春呼び」を行った時、私はなんの迷いもなく妖精の魔法を使うことができた。
あれが妖精の血のなせる技なのだろうか。
でもその結果、魔力が枯渇して死にかけたと思うと恐ろしい。
私の中に、私の知らない部分がある。
それが、純粋に怖いのかもしれない。
きゅっと指先でシーツを掴むと、その手に一回り大きな手が重ねられた。
「王子……?」
指先をほどいて、一本一本指を絡めるようにして繋がれる。
そのまま、彼は夜に溶けてしまいそうな優しい声で囁いた。
「……その話については、もう少しユール王に詳しく話を聞いた方がいいだろう。だがアデリーナ、これだけは言っておく」
彼のライラック色の瞳が真っすぐに私を見つめている。
その真摯なまなざしから、繋がれた手の強さから、彼の本気が伝わってくるようだった。
「たとえ君が何者であろうとも、俺が君を愛する気持ちは変わらない」
息をのむ私の前で、彼ははっきりとそう告げた。
「たとえ君が妖精の血を引いていようが、危険な魔女だろうが、俺にとって君はたった一人の最愛の妻だ。それを……忘れないでくれ」
彼の言葉が、真っすぐに胸に染み込んでいく。
じんわりと胸に暖かな思いが広がって、ぽろりと涙が零れ落ちた。
「私……あなたの重荷になるかもしれません」
アレクシス王子が好き。彼と一緒にいたい。でも……私が傍にいるせいで、彼が危険な目に遭ったり、いらぬ誹謗を受けるかもしれない。
そう考えると、やっぱり怖い。
でも、そんな私を安心させるように……彼は優しく指先で涙を拭ってくれた。
「アデリーナ、あまり俺を見くびるなよ。たとえ重荷になろうとも、君一人抱えるくらい造作もないさ」
彼の手がそっと私の頬を撫でる。宝物に触れるようなその手つきの優しさに、また涙が零れそうになる。
もやもやとしていた暗く、後ろ向きな感情が、彼の一言で救われるような気がした。
彼は、いつだって私の光だった。
母と姉にこき使われていた貧乏暮らしの頃、時折民衆の前に姿を現す彼を目にするのが楽しみだった。
結ばれたいなんて大それたことは思わない。それでも、彼は私の憧れで初恋の人だったのだ。
彼に似合うのはエラのような人間なのだと、気持ちに蓋をして、恋心を消そうとしても……結局は、消せなかった。
だから、私のせいで彼が貶められてしまうのが一番恐ろしい。
でも、そんな私のちっぽけな感情ごと、彼は包み込んでくれる。
……私の、大好きな王子様。
そっと微笑むと、彼は優しく抱きしめてくれた。
「……心配するな、アデリーナ。俺がついている」
ぎゅっと彼の胸元に顔を埋めると、そっと髪に口づけられた。
「……やはり、君には笑顔が一番に似合うな。ゆっくりと休んで、明日また俺に笑いかけてくれ。だから今は……おやすみ」
暖かなぬくもりと、優しい手つきと、彼の鼓動の音に包まれるようにして……私は安心して、夢の世界に誘われるのだった。