28 冬の妖精王(2)
私の体調を慮ってくれたのか、冬の妖精王――ユール様は玉座の間ではなく、宮殿のバルコニーでお会いしてくれるそうだ。
私を抱きかかえた王子がバルコニーへと足を踏み入れる。
上質なマホガニーのテーブルセットが素敵なその空間では、既にユール様が待っていた。
彼は愁いを帯びた瞳で、バルコニーの向こうに広がる、雪化粧に覆われた妖精の集落を眺めているようだった。
この場の静謐な雰囲気も相まって、吸い込まれてしまいそうなほど美しい。
まるで、一枚の絵画のようだった。
「……よく来たな。遠慮せず掛けてくれ」
ちらりと私たちの方へ視線を寄越したユール様は、私たちのこのお姫様抱っこ状態に特にツッコミを入れることもなくそうおっしゃった。
あぁ、きっと気を使ってくださったんだろうけど……こういう時はツッコんでくれた方がまだ救われるんですよね!
「アデリーナ、俺の膝の上に――」
「一人で座れますから! お願いします!!」
当然のように私を膝に乗せたまま椅子に座ろうとした王子に、私は必死にそう懇願した。
だって王子と密着したままユール様とお話なんてしたら……肝心の話の内容がまったく頭に入らなさそうですからね……!
王子は不満そうな顔をしながらも、渋々と言った様子で私を椅子に降ろしてくれた。
はぁ、危なかった。
大切にされているのは嬉しいけど、あまりに過保護なのは考え物ですね……。
私が席に着くと、ユール様はゆっくりと口を開いた。
「君が目覚めたようで何よりだ。体の調子はどうだ?」
「まだ少しふらつきますが、おおむね問題はございません。お気遣いの数々、心より感謝いたします」
ここに来る途中に王子に聞いたところによると、私が眠っていた間、ユール様の指示で毎日ここの妖精さんが治癒魔法をかけてくれていたらしい。
そのおかげで死んでもおかしくはなかった状態の私がここまで回復したのだから、ユール様には感謝してもしきれないのです。
ユール様は深々と頭を下げる私を見て、少しだけ口元を緩めた。
「それはよかった。だが、君のあの状態では……あのまま死んでもおかしくはなかったんだ。季節を呼ぶ妖精の魔法は自然の魔力との調和が大切だが、あのように制御が効かなくなると、あっという間に魔力が枯渇して死に至る。君も、今後は気を付けた方がいいだろう」
「え……?」
さらっと聞き流しそうになってしまったけど、ユール様は……とんでもないことをおっしゃりませんでしたか?
「あの、季節を呼ぶ妖精の魔法とは……?」
おそるおそるそう問いかけると、ユール様は驚いたように目を丸くした。
「君は『春呼び』を行っただろう? 自覚がないのか?」
「…………はい」
困ったことにまったく自覚はないんですよね。
なんというかあの時は、とにかく「なんとかしなきゃ」と必死で、自分が何をやったのかもよくわからない。
そう説明すると、ユール様は愉快そうに目を細めた。
「ほぅ、それはそれは……」
「心当たりがあるのか、ユール王」
王子が少し硬い声でそう問いかけた。
ユール様は緩く頷くと、真っすぐに私を見つめて告げる。
「我ら妖精は、自らの魔力と自然の魔力を調和させ、季節を呼ぶ魔法を使うことができる。君たちもスニクが冬を呼ぶのを見ただろう」
「はい、確かに……その季節からは考えられないほどの雪が降っていました」
ユール様によると、あれは「冬呼び」と呼ばれるこの郷の妖精特有の魔法なのだという。
少しだけ自然の魔力を後押しして、きちんと季節を巡らせる手伝いをするのが妖精の仕事の一つなのだとか。
でも……。
「それは妖精の魔法なんですよね? 人間も同じことができるのですか?」
「いや、これは妖精のみに伝わる魔法だ。つまり……」
ユール様の涼しげな視線が私を捕らえる。
思わずどきりとした私の前で、彼は緩慢に口を開いた。
「君も、妖精の系譜に連なる者なのだろう」
「えっ……!?」
そんな……私は普通の人間ですよ!? 妖精の系譜だなんて、そんなこと……。
わけのわからないことばかりで、なんだか頭が混乱してきてしまった。
そんな私の状態を察したのか、ユール様はアレクシス王子に優しく呼びかけた。
「あまり、病み上がりで長話も酷だろう。心の整理がついたら、また来るといい」
「感謝する、ユール王。……アデリーナ、いったん部屋に戻ろう」
「はい……」
気が付けばまた王子に抱えられるようにして、私は部屋へと運ばれていた。
ユール王に聞いた話ばかりの話が、ぐるぐると頭の中で渦巻いている。
私がとっさに使ったあの魔法は妖精にしか使えない魔法――「春呼び」で、私は妖精の系譜に連なる者……?
もちろん心当たりはないし、そんな自覚もない。
でも……目を背けてばかりでは、何もわからないままだよね。
……ちゃんと、考えなければ。