27 冬の妖精王(1)
「ん……」
ずいぶんと、長く眠っていた気がする。
ここは温かくて、ふわふわで、とてつもなく心地いいけど……そろそろ起きなきゃまずい気もする。
おそるおそる目を開けると、そこには……。
「アデリーナ……!」
「王子……?」
私の手を握りながら、アレクシス王子がすぐ近くからこちらを見つめていた。
「よかった、君が目覚めなかったらどうしようかと……」
王子の美しいライラック色の瞳が安堵に緩む。
あぁ、そこまで心配してくださるなんて……私、そんなに眠っていたの?
「私……どのくらい眠っていたのですか?」
「……この場所の時間感覚で、ちょうど一週間だ」
「一週間!?」
とんでもない数字に、慌てて飛び起きようとして……すぐにがくりと力が抜けてしまう。
すぐに王子が抱き留めてくれたけど、厳しい顔で怒られてしまった。
「魔力が枯渇して死んでもおかしくなかったうえに、一週間も眠っていたんだ。まだ体がついていかないんだろう。……あまり俺を心配させないでくれ。君に何かあったら、間違いなく俺の心臓は止まってしまう」
「ひゃい……」
懇願するように囁かれて、私は反射的に頷いてしまった。
はぁ、そんな風に甘く囁かれたら私の方こそ心臓が止まっちゃいそう……。
王子に支えられるようにして体を起こし、私はやっと周囲の状況に気を配ることができた。
私が目覚めたのは、見知らぬ部屋のようだ。
白を基調として統一された、上品かつ煌びやかな空間だ。
視線を上げれば目に入るシャンデリアには、まるで氷の結晶のような美しい装飾が施されていて……。
「もしかして……ここは冬の妖精王の宮殿ですか?」
おそるおそる問いかけると、王子は頷いて事情を説明してくれた。
雪原で倒れた私はすぐにここへ運ばれ、枯渇しかけた魔力を回復させる治療を受けていたのだという。
「魔力はかなり回復してきたようだが、無理は禁物だ。ここには口うるさい奴らもいないことだし、君の療養には俺がしっかり付き添おう。なんでも面倒を見るから、してほしいことがあったらすぐに言ってくれ」
王子が胸を張ってそう告げる。
ここに来たのは私と王子とソレルだけで、ダンフォース卿やロビン、もちろんコンラートさんや私の侍女も《深雪の国》のお城で待機しているとのこと。
その分、王子は私の看病にずいぶんと張り切っていらっしゃるようです。
ふふ、あのアレクシス王子が私の面倒を見てくださるなんて、お妃様冥利に尽きますね。
……なんて、軽く考えていた私は甘かった。
王子の言葉をただ傍にいてくれる程度のことだと思っていた私は、すぐに彼の本気を思い知ることになるのである。
「あの、王子……本当に大丈夫ですから……!」
「何を言う。さっき目覚めたばかりだろう。目の前で転ばれでもしたら困るからな」
「ひぃん……」
現在、私は王子に運ばれております。俗にいうお姫様抱っこというやつですね。
ちなみにここは冬の妖精王の宮殿の廊下です。
私たちの他にも、たくさんの妖精さんがいらっしゃるわけです。
そんな状態で堂々と進んでいるのだから……すれ違う妖精さんたちが、驚いたり好奇の視線を向けてきたりと忙しい。
ひぃ、恥ずかしい……!
今の自分が周りからどう見られているかと考えるだけで……頭が沸騰しそうになってしまう。
弁解させていただくと、私が「お姫様抱っこで連れて行ってください♡」と頼んだわけじゃない。断じてない。
ただ「お世話になっているし一度冬の妖精王にご挨拶を――」と言ったら、なぜかお姫様抱っこで運ばれることになってしまったのだ。
「王子、本当に歩けますから……!」
私は必死にそう主張したけど、王子は頑として聞き入れてくれなかった。
「アデリーナ、あまり俺を心配させないでくれ。そんな風に言われると……君を閉じ込めて、どこにも行かせたくなくなるじゃないか」
耳元で低く囁かれ、思わず体がびくりと跳ねてしまった。
……まずい、彼は本気だ。
私が眠っていた一週間の間に、王子がとんでもない方向へ進化しかけてる……!
「お、おとなしくしてます……」
ぎゅっとしがみつくと、王子は満足そうに再び歩き出した。
まぁでも、彼がセオドラ王女に刺されて目覚めなかった時は、私も不安でどうにかなりそうだった。
……同じような思いを、させてしまったのかな。
そうだとしたら、今は思いっきり甘えてしまおう。
そう決めて、私は彼の首に抱き着くようにして顔を埋めた。