25 春呼び(2)
「なんで、どうして……? あなたは魔女なのに。私と同じ魔女なのに。ずっと一緒に居られると思ったのに……!」
激情をあらわにするソレルの瞳から、ぽろぽろと涙が零れていく。
それと同時に、あたりにぶわりと強力な魔力が満ちていく。
まるで肌を刺すような、冷たく鋭い魔力だった。
王子が強く私を抱き寄せ、ダンフォース卿が剣を抜いて庇うように私たちの前へ立った。
「もう一人は嫌、嫌なの……。寂しいよ……うわあぁぁぁん!!」
「ソレル……!」
ついにソレルは大声を上げて泣きだしてしまった。その泣き声に呼応するように、空が荒れ、吹雪が巻き起こる。
雪に混じって氷のつぶてが飛び交い、地面からは無作為に氷柱が生え始めていた。
まるで、世界そのものが雪と氷に飲み込まれていくかのように……。
私の肩にぴとりと張り付いていたロビンとスニクが、怯えたような声を上げた。
「まずい、魔力が暴走してる……!」
「なんて強い力……。このままじゃまずいですよ……!」
「こ、このままだとどうなるの……!?」
「あれだけ強い魔力だと、この周囲一帯……向こうの街まで雪と氷に飲み込まれて、あの子も魔力の枯渇で死んじゃうかも……」
「そんな……!」
あの街まで雪と氷に飲み込まれるなんて大問題だし、何よりソレルが死んでしまうなんて……。
「ソレル、やめて! 落ち着いて!!」
何度も何度もそう呼びかけたけど、ソレルは私の声など届いていないように魔力を暴走させている。
ついには私たちの目の前にまで氷柱が迫り、王子が慌てたように私を抱いて飛び退いた。
「……致し方ないな。ダンフォース、あの魔女を討つぞ」
「王子!?」
「アデリーナ、このまま放っておけば《深雪の国》の民に多数犠牲者が出る可能性がある。心苦しいだろうが、彼女を討つのが犠牲を最小限に抑える最善策だ」
王子は苦渋を滲ませる表情でそう告げた。
……私だってわかってる。このままだと、罪もない多くの人たちに危険が迫ってしまう。
ソレルを討つのが、一番早い解決法だってわかっているけど……。
「お願いします、一度だけ私にチャンスをください」
「アデリーナ!?」
「ソレルを暴走させてしまった責任は私にあります。私が、あの子を助けたいんです……!」
私が、もっとちゃんとソレルに向き合っていたら、こんな事態にはならなかったかもしれない。
だから、このままソレルを見捨てることなんてできなかった。
「……策はあるのか」
王子はじっと私を見つめ、そう言ってくれた。
彼は、私の可能性を信じようとしてくれている。それが嬉しくて、私は大きく頷いた。
「はい、きっとなんとかできると思います……!」
……本当は、確実にこの状況を打破できる策なんてない。
でも、やってみなければ、信じてみなければ何も変わらない。
魔法っていうのは、「こうなったらいいのになー」と願うことから始まるそうですからね。
王子は心配そうな表情を崩さなかったけど、それでも頷いてくれた。
「あぁ、君に賭けてみよう。君は必ず俺が守ってみせる」
「はい……!」
王子とダンフォース卿が私を守るように前に立ち、次々と飛んでくる氷の塊を防いでくれる。
私は目を凝らし、真っすぐにソレルのいる方向を見つめた。
まるで彼女が自らを守る鳥籠のように、幾重にも連なる氷柱に阻まれて、ソレルの姿はよく見えない。
あの氷柱を、荒れ狂う吹雪を何とかしなければソレルの元へは近づけない。
そのためには…………春を、呼ばなくては。
まるで本能のように、私の内側からそんな思いが沸き上がってくる。
今までとは違う。無意識だったり、必死に試行錯誤して魔法を使っていた時とはまったく違う。
自然と、体が動く。どうすればいいのか、誰に教わらなくても手に取るようにわかる。
「春を、呼びます」
「「え……」」
私の言葉に、ロビンとスニクが驚いたような声をあげたのがわかった。
大きく息を吸い、意識を集中させる。私の中を流れる魔力と、この大地の魔力を感じ取り……一体化させる。
……うん、大丈夫。今は雪に閉ざされたこの大地にも、ちゃんと緑は、春の力は息づいている。
後は……私自身が媒介になり、大地の魔力を解き放ち春を呼ぶだけだ……!