23 小さな妖精再び
ダンフォースとロビンを伴い、俺はすぐさま城を飛び出した。
この雪原の向こうにアデリーナがいる。そう思うと一秒だって待てなかった。
だが……。
「なんだ、この猛吹雪は……!」
雪原に足を踏み入れた途端、凄まじい猛吹雪が襲い掛かる。
雪に慣れているはずのトナカイまで、怯えたように足を止めてしまった。
これは明らかに異常だ。まるで、以前《奇跡の国》で起こったあの現象のように……。
そんな俺の思いを汲んだかのように、ロビンは荒れ狂う猛吹雪を見つめて呟いた。
「これ……間違いなく魔力を含んだ雪です」
「雪原の魔女とやらが降らせているということか……」
そこまでして俺とアデリーナを引き裂こうというのか。いい度胸じゃないか。
もちろん、こんなことくらいで俺は諦めるつもりはない。
だが、やみくもに突っ込んでも相手の思う壺だろう。
……考えろ。この吹雪を突破し、アデリーナを助け出す方法を。
「……ロビン、君の力で吹雪を弱めることはできないか?」
「やってみます! ふぉー!!」
ロビンは気合十分といった様子で掛け声を上げた。
どうやら妖精の魔法で吹雪を弱めようとしてくれているようだが……数十秒経っても、まったく猛吹雪が収まる気配はなかった。
「……別の方法を考えた方がよさそうだな」
「うぇ、僕が不甲斐ないばっかりにアデリーナさまを助けられないなんて……! せめて、春の妖精か冬の妖精がいればもうちょっとなんとかなったかもしれないのにぃ……!」
ロビンが悔しそうに涙をこぼす。
俺も無力さを噛みしめながら、俺とアデリーナを隔てる猛吹雪を睨みつけることしかできなかった。
そんな時だった。
シャンシャンシャン……と、どこからか軽やかな鈴の音が聞こえてくる。
そして、吹きすさぶ雪の向こうから姿を現したのは――。
「あれぇ、僕を呼びました?」
純白の小鳥の背に乗る、スレイベルを持つ小さな妖精。
確かに、その姿には見覚えがあった。
「君たちは……スニクとビェリィか!?」
「あっ、《奇跡の国》のアレクシス王子ですね! ご無沙汰しております!!」
俺の姿を認め、小さな冬の妖精――スニクが嬉しそうに飛んでくる。
少し前、彼は《奇跡の国》でトラブルを起こし、俺たちが助けてやったことがあった。
だがまさか、こんなところで会うとは……。
「もしかして、アレクシス王子が僕を呼んだんですか?」
「いや、どうにかしてこの猛吹雪をなんとかしたいとは思っていたが……」
「じゃあ、その願いに呼ばれたのかもしれないですね! 僕たち、全然違う所を飛んでいたはずなのに気が付いたらここにいましたから」
「ねー」とビェリィと顔を見合わせ、スニクは得意そうに胸を張った。
「王子には恩がありますから、僕にできることならお任せください!」
その言葉に、自然と口元が緩んだのがわかった。
元々、弱っていたスニクを見つけたのはアデリーナだった。
……アデリーナ、君が繋いだ縁は巡り巡って、君へと繋がっていくのだろう。
あと少し、待っていてくれ。すぐに君の元へとたどり着いてみせよう。
かいつまんで事情を説明すると、スニクは真剣な顔で頷いた。
「そうですか、そんなことが……。わかりました、やってみます!」
「いけそうか?」
「一時的に吹雪を弱めることならなんとかできるかもしれません。ただ、これだけ強い力となると僕たちだけでは……」
スニクは荒れ狂う吹雪を見つめて逡巡した後、傍らのビェリィへと声をかけた。
「……ビェリィ。僕はアレクシス王子と一緒に行くから、ビェリィはこのことを妖精王に伝えて」
「チィ!?」
「大丈夫だよ。前に失敗しちゃったぶん今度はいいとこ見せないと!」
「チィ……」
ビェリィは何やら不服そうに鳴いていたが、二人(?)の間で話はついたようだ。
ビェリィは翼を広げて飛び立っていき、スニクは背に担いでいた袋を地面に降ろし、袋の口を開けた。
「そーれ吸い込めー!」
そのまま、袋の口を吹雪の方へ向ける。
すると、なんと荒れ狂う吹雪がスニクの持つ小さな袋に吸い込まれていくではないか!
「わぁ、すご……」
「これが妖精の力……」
ロビンとダンフォースも感嘆の声を上げた。
袋は俺の拳大ほどの大きさしかないはずなのに、まるで底なしのように物凄い勢いで吹雪を吸い込んでいき、驚くことにだんだんと吹雪の勢いが弱まっていく。
「あと少しです!」
「あぁ、頼む……!」
最後の一押しとでもいうように、袋が大きく膨らみ荒れ狂う雪を閉じ込めていく。
ある程度吸い込むと、スニクは慌てたように袋の口を閉めた。
「ふー、危ない危ない。これ以上吸い込んだら破裂しちゃうところでした」
「……君のおかげで助かった。礼を言おう、スニク」
「いいえ、先に助けていただいたのは僕の方ですから。当然のことです!」
スニクの尽力のおかげで、一歩前も見えないほどの吹雪は勢いを弱めている。
これなら先へ進むことができるだろう。
「さぁ、行きましょう!」
ソリを引くトナカイの背に降り立ったスニクが、元気づけるようにシャンシャンとスレイベルを鳴らす。
その音色に鼓舞されたのか、怯えていた様子のトナカイも再び元気を取り戻したようだ。
「……今行くぞ、アデリーナ」
決意を新たに、俺たちはソリへ乗り込み再び雪原へと滑り出した。