19 雪原の魔女(4)
「……あなたも魔女なんでしょう。どうしてそんなに必死に人間を助けようとするの。放っておけばいいじゃない」
「……それはできません。彼は私に魔法の力があると知っても、私のことを守ってくださいました。だから、今度は私が助けなくては」
「そう……それもいつまで持つかしら。人間なんて薄情なものよ。都合が悪くなれば、すぐにあなたを見捨てるわ」
雪原の魔女は冷たくそう吐き捨てる。その言葉からは、確かな悲しみが滲んでいた。
「……もう気づいていると思うけど、私ってこんな見た目だけど別に子どもじゃないの。あなたよりもずっと年上なのよ」
「……はい。なんとなく、そんな気はしていました」
「私は、子どもの頃に魔法の力が発現したの。その途端に、何もかもが変わってしまった。友達からは石を投げられ、近隣の住民には家に火をつけられて、ついには家族からも捨てられたわ」
「そんな……」
「たった一人で町から町へと渡り歩いて、ひもじい思いもした。優しくしてくれた人も、魔女だとわかったら手のひらを返すように攻撃してきて……何度も何度も死にかけた。いっそ、死んだ方がマシなんじゃないかと思って生きていたわ。あなたの持ってきたその指輪も、自暴自棄になって作った物の一つね」
彼女の語る悲しい過去に、聞いているだけで胸が苦しくなる。
私は自分が魔女だとわかっても、王子や皆が庇ってくれた。だから、魔法使いへの迫害についてもどこか遠い世界の出来事のように感じていた。
でも……それは確かに現実に起こっている出来事で。
自分の認識の甘さを、あらためて突きつけられたような気がした。
「……人間に会うのが嫌で雪原を彷徨っていたら、偶然放棄されている塔を見つけたの。あなたから見たらとんでもない生活なのかもしれないけど、住めば都よ。ここにいれば、誰も私のことを傷つけられないもの」
厳しい自然の中で、たった一人で生きていくのは、たとえ魔女でも決して楽ではないだろう。
それでも、彼女はこの生活を選んだのだ。
「……悲しい、ことですね」
「えぇ。しかも風の噂によれば、この国の冬が長引いているのも私のせいだと思われてるんでしょう? そのうち、ここからも逃げなくちゃいけない時が来るかもしれないわ」
「やっぱり、あなたは終わらない冬に関しては何もしていないんですよね?」
「今のところはね。やろうと思えばできなくもないけど、そんなことをして私に何の得があるというの」
「よかった……」
思わず安堵に胸をなでおろす。同じ魔女として、彼女が悪意を持って《深雪の国》を陥れているんじゃないということがわかって、自分でも驚くほどほっとしている。
そんな私を、雪原の魔女は奇異な物でも見るような視線で見つめていた。
「あなた……本当に変わってるわね。私が怖くはないの?」
「最初は少し恐ろしいと思いましたが、今はそうは思いません。話していて、優しい方だとわかりましたから」
「べっ、別に優しくなんてないわ! あなたは金づるになりそうだから、利用させてもらってるだけよ!」
雪原の魔女はそう言って、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
でもその頬がわずかに赤く染まっているのを見て、ほっこりせずにはいられない。
誤魔化すように何やらぶつぶつ呟いていた彼女は、不意に手を止めて、案ずるような目で私の方を見た。
「……あなたが目覚めさせたい人間は、あなたを庇って刺されたといっていたわね」
「…………はい」
「ふぅん……そういうことね。だったら……でもいいか」
「あっ、あの……?」
何やらぶつぶつと呟く雪原の魔女から、少しだけぞくりとする気配を感じる。
おそるおそる声をかけると、彼女は何でもないとでもいうように微笑んでみせた。
「……あなたももう休みなさい。ここにいてもできることはないわよ」
少しだけ恐ろしさを感じていた私は、素直に頭を下げて静かに地下へと戻る扉を開けた。
扉を開けてまず驚いたのは、扉の陰でダンフォース卿が待っていたことだ。
どうやら私が寝床を抜け出したのはバレバレだったようだ。
心配掛けてすみません……。
「ごめんなさい、何もなかったから大丈夫よ」
そう言って微笑みかけると、ダンフォース卿は少しだけ眉根を寄せて口を開いた。
「妃殿下、あなたがお優しいのは重々承知ですが……あまり、雪原の魔女に同情しすぎるのは賛成できません。あなたと彼女では、それこそ住む世界が違うのです」
「そうかもしれないわね……でも、私だって少し歯車がずれていれば彼女のようになっていたかもしれないわ」
事実、魔女だった私の祖母は魔女狩りに巻き込まれて亡くなったらしいのだから。
もしも王子が私をお城に連れて行かなければ、私に魔女の力が発現するのがもっと早かったら。
私は彼女のようになっていたかも……ううん、きっと私は彼女よりもずっと弱い。
どこかで殺されていたり、野垂れ死んでいた可能性が高いだろう。
「それでも、あなたは我々の王太子妃なのです、アデリーナ様。それをお忘れなきように」
「……ありがとう、ダンフォース卿」
……そうね、私は王太子妃。
彼が私のことを心配する気持ちもわかる。
でも私は……時には、危険に飛び込まなければ手に入らない物もあると思っている。
あまり、みんなに心配を掛けたくはないけど……。
「……夜明けまでもう少し休むわ。ダンフォース卿も体を休めてね」
「…………はい。お気遣い感謝いたします、妃殿下」
まだ何か言いたげなダンフォース卿に背を向け、私は再び地下室へ向かって階段を下り始めた。
……大丈夫。明日には何もかもがうまくいくはずだと願いながら。