18 雪原の魔女(3)
そうして私たちは、塔の地下の物置小屋で一晩を過ごすことになった。
ソリに乗せていた毛布を持ち込んで、ほっと一息つく。
「でもよかったですね~、ちゃんと王子が助かりそうで」
雪原の魔女の前ではぶるぶる震えていて一言も発しなかったロビンだけど、私たちだけになった途端嬉しそうに毛布の上を転げまわり始めた。
「えぇ、彼女に感謝しなきゃ」
安堵に胸をなでおろすと、ダンフォース卿は珍しく固い表情で告げた。
「……妃殿下、相手は狡猾な魔女です。子どもの姿をしているとはいえ、本当に子どもなのかどうかも怪しい。あまり、油断しすぎない方がよろしいかと」
「そうね……私も、彼女は見た目通りの年齢ではないと思うわ。でも、それでも……」
今は、彼女に頼るしかないのだ。
王太子妃である私が、人々に恐れられる魔女と取引だなんて褒められた行動ではないだろう。
だけど、今はなりふり構ってはいられない。
なんとしてでも無事に解呪薬を作ってもらい、王子に届けなくてはならないのだから。
「……今日はもう休みましょう。ロビン、ちゃんと暖かくして寝るのよ」
「はぁい」
……どうか、明日には王子を目覚めさせることができますように。
そう信じて、私は毛布にくるまりぎゅっと目を閉じた。
その晩、まだ夜が明ける前に私は目を覚ましてしまった。
それもそうだ。お妃様になってからは、常に最高級の寝具を揃えたふかふかベッドで眠っていたのだから。ごつごつした石の床に毛布を敷いただけの簡易な寝床では、なかなか熟睡はできなかった。
はぁ、エンドウ豆の上に寝たお姫様じゃないけど、体が贅沢に慣れ始めているみたい。
良くない傾向ですね……。
周囲を見回すと、ロビンが毛布にくるまるようにして熟睡しているのが見える。
ダンフォース卿は壁に背を預けるように腰を下ろして、剣を抱くようにして目を閉じていた。
固い床で寝たせいか、少し背中や腰が痛い。
気分転換に体を動かそうと、私は音をたてないように静かに即席の寝床を抜け出した。
地下の物置小屋を出て、石の螺旋階段を上っていく。
一階へと続く扉の前に着くと、隙間からほのかに明かりが漏れているのに気が付いた。
もしかして、雪原の魔女はまだ起きているのだろうか。
そっと扉を押し、隙間から向こうの光景を覗く。
幼い少女が一人、懸命に薬の調合をしているのが見えた。
かと思うと調合に集中していた彼女の視線がこちらを向き、私はびくりと体を竦ませた。
「……覗き見なんて趣味が悪いわね。堂々と姿を見せなさい」
「ご、ごめんなさい……」
私は観念して、扉を開け室内へと足を踏み入れた。
テーブルの上には、いくつもの薬草瓶や薬の調合に用いる器具、それに何冊もの難しそうな書物が広げられている。
きっと雪原の魔女が王子の呪いを解くために、不眠不休で頑張っていてくれたのだろう。
そう思うとこのまま寝に戻る気にもなれなくて、気が付けば私は口を開いていた。
「あの、何か私にお手伝いできることは――」
「ないわ」
「うっ……」
即座に戦力外通告され、小さくため息をつく。
まぁ、それはそうか。私みたいなド素人が手を出して、変な失敗をしちゃったら元も子もないもんね……。
それでも何かできないか……と部屋の中を見回すと、簡素な棚にティーポットが置かれているのが見えた。その隣にはいくつもの茶缶らしきものも見える。
「……差し支えなければ、お茶を淹れてもよろしいですか?」
おそるおそるそう問いかけると、少女はしばしの間沈黙した後……ぽそりと呟いた。
「……そのくらいなら、構わないわ」
よし、許可も出たのでお茶を淹れよう。王子のために頑張ってくれている彼女の、少しでも役に立てればいいな。
紅茶の葉に少しだけラベンダーの花を混ぜて、ゆっくりと蒸らす。
更に棚を探すと、美しい彩色の施されたティーカップも見つかった。
私の分と雪原の魔女の分、二つのティーカップにお茶を注ぎ、そっと差し出す。
「どうぞ」
目の前の置かれたティーカップを見た途端、彼女は驚いたように顔を上げた。
あれ、何かマズいことしちゃったかな……? とひそかに慌てたけど、彼女は特に文句を言うこともなく、おそるおそるといったようにティーカップを手に取り、口に運ぶ。
「……おいしい」
どんなダメ出しを去れるかと思っていたけど、意外なことに雪原の魔女は素直にそう言ってくれた。
その言葉に私はほっとする。少しは役に立てたかな……。
「いつまで突っ立っているつもり? あなたも座りなさい」
「はっ、はい!」
どうやらこのままここにいることは許してくれたようだ。
雪原の魔女に促されて、私は反射的に近くの椅子の腰を下ろした。
彼女はお茶を口にしながら、そっと口を開く。