16 雪原の魔女(1)
コンラートさんが城の人を脅し……じゃなかった説得し、私たちはトナカイとソリを借りることができた。雪原での大切な移動手段だ。
おばあさんの話によると雪原の魔女はその名の通り、《深雪の国》に広がる雪原の奥地に住んでいるのだという。
だが「奥地」というあいまいな噂だけで、具体的な場所はわからなかった。
目印の少ない雪原に出てしまえば、東西南北どこを見ても一面の銀世界。あっという間に方向感覚が失われてしまう。いわゆるホワイトアウトという現象かな?
やみくもに進めば遭難してしまう可能性が高い。無事に帰って来られる保証はない。
それでも、私に戻るという選択肢はなかった。
「……ごめんなさい、ダンフォース卿。危険に巻き込んでしまって」
偶然私の護衛騎士に指名されただけなのに、ダンフォース卿はこうやって厄介ごとに巻き込まれてばかりだ。
隣で器用にソリを駆るダンフォース卿に謝罪すると、彼は何でもないとでもいうように爽やかに笑ってみせた。
「とんでもありません。妃殿下、あなたとの毎日は常に刺激に満ち溢れていて、あなたの騎士に選ばれたことを感謝こそすれど、後悔したことなど一度もありません」
「……ありがとう。私もあなたがいてくれてよかったわ」
ぎゅっと青の指輪を握り締めると、凍り付くように冷たい魔力が伝わってくる。
これと同じ魔力を捕らえることができれば、雪原の魔女のところにたどり着けるはず……!
ぎゅっと目を閉じて、感覚を研ぎ澄ませる。
どうか、見つかりますように……。
いったいどのくらいの時間が経ち、どれだけの距離を進んだ頃だろうか。
一瞬だけ、確かな魔力を感じ、私ははっと顔を上げた。
「止まって!」
そう叫ぶと、ダンフォース卿が驚いたようにソリを止める。
私はその場で集中し、必死に魔力の流れを追った。
「あっちの方向から、この指輪と似た魔力を感じるわ」
「……そちらへ向かいましょう」
方向を定め、再びソリが動き出す。
進むにつれて、はっきりと魔力が感じられるようになった。
まるでとめどなく降り積もる雪のような、冷たく圧倒的な魔力だ。
「なんていうか、雪原の魔女ってすごく強そうですね……」
強大な魔力を感じ取ったのか、ロビンが怯えたようにそう呟く。
確かに、今まで感じたことのないほどに強い力だ。
雪原の魔女……いったいどんな人なんだろう。
臆する気持ちがないわけじゃなかったけど、ここで足踏みしていても王子は救えない。
覚悟を決めて、私たちは降りしきる雪の中を進んだ。
やがてたどり着いたのは、石造りの小さな塔のような場所だった。
不思議と、この辺りは雪が止んでいる。
塔の近くには杭で囲われた畑のような場所があり、野菜や薬草が育てられていた。
ここで誰かが……おそらくは雪原の魔女が暮らしているのは確かなようだ。
「……行きましょう」
ソリを降り、塔の入口へと進む。
だが扉まであと数歩と言うところで、なんとその扉が内側から開いたのだ。
息をのむ私たちの前で、扉の向こうから姿を現したのは……。
「え、女の子……?」
そこにいたのは、なんと10歳くらいの女の子だった。
一瞬、来る場所を間違えたかと思って焦ったけど、すぐにわかった。
目の前の少女からは、確かに強い魔力を感じる。
まさか、彼女が雪原の魔女なの……?
「……なぁに、人の家の前で突っ立って。用があるなら早くしてちょうだい」
見た目に違わぬ幼い声で、彼女はむっとした表情でそう口にした。
人形のように整った顔立ちの、どこか浮世離れした雰囲気を持つ少女だ。
まるで冬の空のような長い淡青色の髪が風になびき、水晶のように澄んだ瞳が真っすぐにこちらを見つめている。
「妃殿下、これは……」
「ダンフォース卿、おそらく彼女が『雪原の魔女』よ」
驚くダンフォース卿に目配せし、私は一歩前へ出て頭を下げた。
「突然の訪問をお許しください。我々は、あなたにお願いがあって参りました」
「ふぅん……?」
少女の瞳が猫のように細められる。
そのまま彼女は興味深そうに私を眺めると……にっこりと笑って家の中へと誘ってくれる。
「いいわ、話を聞いてあげる。お入りなさい」
「ありがとうございます……!」
すぐに塔の中に引っ込んでしまった雪原の魔女の後を、私は慌てて追いかけた。