15 お妃様、決意する
「この度はアレクシス王子のためにご尽力いただき、心より感謝申し上げます」
「いえ、もとはといえば我らの姫様が引き起こしたことゆえ、お詫びのしようもございませぬ。それでも、この老いぼれでも何かお役に立てればと思いまして。……その指輪のことでございます」
「この指輪をご存じなのですか!?」
「指輪そのものを存じていたわけではありませぬ。ですが……昔、よく似た品物を手にしたことがございます。」
おばあさんの言葉に、私はごくりと唾を飲み込んだ。
「そ、それは誰が作ったのかわかりますか……?」
もしかしたら、この指輪を作った者のこともわかるかもしれない……!
そんな一縷の望みにかけて、私はおばあさんに問いかけた。
おばあさんは静かに息を吸うと、ゆっくりと口を開く。
「……雪原の魔女――そう呼ばれる魔女が、人里離れた雪原に住んでおります。わたしが手にした物は、その魔女が手慰みに作った物だと言われておりました」
「雪原の魔女……」
やっぱり、迷信じゃなかったんだ……!
「魔女の作った道具は、善き人が使えば幸運を招くと言われております。しかしながら、悪しき心を持つ者が使えば……自身だけでなく周囲に破滅をもたらすとも聞いたことがございます」
「破滅……」
ちらりと眠ったままの王子に視線をやる。
いや、そんなはずがない。王子は、絶対に私が助けてみせる……!
「わたしは恐ろしくてすぐに手放しましたが、姫様は……魔女のもたらす力に縋ってしまったのでしょう。姫様のお心を推し量れなかったのは我らの落ち度です。どれだけお詫びをしても許されることではございませんが、我らにできることならなんでも――」
「では、その雪原の魔女の居場所を教えてください。今すぐに向かいます」
私がそう口にした途端、真っ先に反応したのはコンラートさんだった。
「妃殿下……! おやめください、危険です!」
前のめりになった私を、コンラートさんは慌てたように制止した。
「相手は得体の知れない魔女ですよ? 妃殿下自身が向かうなんてあまりにも危険すぎます!」
彼は何度も何度もそう言って私を引き止めようとした。
でも、私の心は揺るがなかった。
「たとえほんの少しでも、王子を救える可能性があるのなら私は行きます」
はっきりとそう告げると、コンラートさんの表情が歪んだ。
……大丈夫、わかってますよ。
本当はコンラートさんだって、今すぐに自分が向かいたいくらい王子のことを心配してくださっているんですよね。
でも彼の立場上、私の身を危険にさらすわけにはいかないから、自分の心を押し殺して止めようとしてくれているんだ。
でも、私は行きます。相手が魔女であるならば、私も少しは役に立てるかもしれないから。
「……魔女と交渉するのなら私が向かうのが最適です。コンラートさんは王子に付いていてください。大丈夫です。絶対に、王子を救う手段を持ち帰ってきますから!」
わざと明るくそう言うと、コンラートさんはぐっと拳を握って俯いた。
「……ダンフォース」
「はい、何でしょうか」
「妃殿下に同行し、何があっても妃殿下を守れ。絶対にだ」
それは、婉曲的に私の行動を認めてくれる言葉だった。
「承知いたしました、何があっても妃殿下をお守りいたしましょう」
「……ありがとうございます、コンラートさん」
「妃殿下、どうか忘れないでください。もしも妃殿下の身に何かあれば、王子の心は本当に死んでしまいます。王子の、我が国の未来にはあなたの存在が必要不可欠なのです」
「はい、必ず戻ってきます」
「僕も行きますよ、アデリーナさま! 王子が寝てる分、僕がアデリーナさまを守りますからね!」
さっきまでずっと泣いていたロビンも、勇ましくそう言ってくれた。
……みんな、ありがとう。
最後にもう一度王子の手を握り、一心に語り掛ける。
「……私が必ずあなたを助けます。だから、もう少し待っていてくださいね」